鶴ヶ岡城 (つるがおかじょう) (東郷城)
最寄地 鹿児島県薩摩川内市東郷町斧渕9019−2 2018.12.12 2019.3.5
鶴ヶ岡城 (つるがおかじょう) (東郷城)
最寄地 鹿児島県薩摩川内市東郷町斧渕9019−2 2018.12.12 2019.3.5
説明板
登城ルート
参道入口
国見城南の堀切
国見城
本丸・高土塁
本丸高土塁
北側の箱堀
北東の郭・土塁
鶴ヶ岡城 本丸跡(地図)
【遺構★★★☆☆ 比高20m】
【感想】 川内川とその支流樋渡川、田海川に挟まれた標高約60mの丘陵に築かれ、[本丸、国見城、川原城、高城、二の丸、山崎城、南城]から構成されている。
国見城は切り立った崖がめぐり、土塁が残っている。南東に神社の石碑が散乱している。 本丸は広く高土塁がよく残っている。
本丸の北側に箱堀があり、北東郭の先の尾根に堀切が2条残っているが、全体的に鬱蒼としている。
【案内】 国道267号線より北に行った、城跡の北側に位置する表記番地から南へ行き竹林から尾根に取り付き、尾根伝いに南下した。
国見城、本丸へは、谷口公民館付近の神社参道から登る[マップコード528 444 056*50](地図)
西側道路に面した工場左から入り、民家手前の神社参道を登ると、堀切があり、国見城に着く。北側に土塁が残り、説明板が建てられている。 北東に藪化した堀を抜けて行くと、2段になった本丸がある。本丸の東から北にかけて高土塁が残っている。高土塁からは前回訪れた箱堀や北東の郭が見えた。
【歴史】 宝治二年(1248年)東郷実重により築城されたと云われる。
その後東郷氏代々が居城とした。その後、宮之城島津氏の居城となった。
天正十五年(1587年)廃城となった。