金田城 (かねだじょう/かなたのき) (古代山城)(国の特別史跡)
所在地 長崎県対馬市美津島町黒瀬城山 2014.5.4
金田城 (かねだじょう/かなたのき) (古代山城)(国の特別史跡)
所在地 長崎県対馬市美津島町黒瀬城山 2014.5.4
登城ルート(赤は城壁/青は三ノ城戸/緑は二ノ城戸/紫は一ノ城戸)
登り口・案内図
城壁石垣
三ノ城戸
ビングシ土塁・門跡
二ノ城戸
一ノ城戸
頂上・城跡碑・説明板
頂上・石垣
金田城 頂上(地図)
【遺構★★★★☆ 比高265m】
【案内・感想】 標高272.8m比高約265mの城山(じょうやま)を中心に東側斜面に石垣、水門が良く残っている。
県道24号線の箕形浦に差し掛かる地点の東800m手前に「金田城跡」矢印標識、城跡碑、看板があり、そこより東に約1.8km行くと登山道入り口に着く[マップコード 526 438 828*22 ](地図)。案内図、説明板が建てられ、駐車スペースがある。東に下ると黒瀬湾の蔵の内海岸に出る。
北に旧軍道を500mほど行くと「金田城壁石垣」(地図)があり、「三ノ城戸」の矢印標識に従い下ってゆく。(旧軍道をそのまま登ると旧軍砲台跡及び金田城跡碑の立つ広場に着く)。
徒歩5分で表面復元された掘立柱建物跡が二ヶ所あり、その下の谷に三ノ城戸(地図)が良く残っている。
小山を越え約250m行くとビングシ土塁・門跡に着き、門の礎石や土塁が残っている。更に北に200m行くと二ノ城戸(地図)に着く。門の間口は2.8mで近年積み直されている。
更に行くと谷を塞ぐ形に一ノ城戸(地図)があり、石垣の最高高さは6.4mほどである。そこから道は急になり最北端付近は岩場になっている。
そこから尾根に沿って城壁石垣の点在する道を通って600mほど南下すると日露戦争前に造られた旧軍砲台跡、弾薬庫跡があり、その東に「金田城跡」石碑、説明看板がある。
山頂の方へ150mゆくと南の崖に城壁石垣が残り、更に約150m登れば城山頂上であり石垣が残り、浅茅(あそう)湾の島々の絶景が望める。砲台跡に戻って旧軍道を下ると、四阿があり南側に金田城壁石垣がある。
【遺構】 対馬の中部にある浅茅湾の南に突き出た標高272.8mの城山(じょうやま)に位置し、東に黒瀬湾、西に箕形浦がある。
古代山城の一つである山頂部に石塁、山の北東周囲を取り巻くように石垣が築かれていた。
南東麓は比較的緩やかな斜面で、海に通じる三本の谷(北から順に「一ノ城戸」「二ノ城戸」「三ノ城戸」)には城壁が残っており、さらに水門と城門が設けられていたと考えられている。
また、「二ノ城戸」と「三ノ城戸」の中間に位置する「ビングシ山」周辺から複数の建物跡が検出されており、防人宿舎など中枢機能があったと考えられている。
遺構がよく残り、昭和三十七年(1962年)に長崎県史跡として指定され、昭和五十七年(1982年)3月23日、国の特別史跡に指定された。
【歴史】 663年の白村江の戦いに敗れた倭国は唐・新羅に対する防衛のため、(基肄城・高安城・屋嶋城・大野城・鞠智城)等ととともに、西日本各地に防衛施設を築いた。
その一環として、667年に対朝鮮半島防衛の最前線として築かれた。