勝山城 (かつやまじょう)
最寄地 広島県三次市粟屋町1304 2021.6.9
勝山城 (かつやまじょう)
最寄地 広島県三次市粟屋町1304 2021.6.9
登城ルート
粟屋地蔵堂から登る
上から見たハの字の竪堀
2郭・石塁
主郭・石積
背後の箱堀
3重堀切
勝山城跡(地図)
【遺構★★★★☆ 比高90m】
【感想】 江の川左岸に突き出た標高約276mの尾根に築かれている。
ㇵの字状に堀切と組み合わせた特徴的な竪堀がよく残っている。2郭に土塁を補強して石垣が残り、主郭にも石積みが見られる。
背後の箱堀は深く見応えがあり、その先にも堀切が3条残っている。矢竹や倒木など多く暗い印象だが遺構は多く保存状態もよい。
【案内】 表記番地北の県道64号線に面した粟屋地蔵堂から登る(地図)[マップコード[244 382 095*04]]。地藏堂南の道路のゼブラゾーンに駐車した。
北東にほぼ一直線に登って行くと、ハの字の竪堀があり、さらに北側にも同様の竪堀が残っている。岩場を登ると3郭があり、矢竹を分けて登ると広い2郭に着く。
2郭の北側は土塁があり内側に石垣が施されている。土塁を北東に登ると主郭に出る。主郭は2段になっており石積が見られ、北側尾根に深い箱堀と3重堀切が残っている。
【歴史】 加井妻城主・粟屋隆信が勝山城を築き移った。その後粟屋隆信の跡に三吉豊後守が城番を命じられ勝山城に入城した。
三吉新四郎が家督相続の後しばらくして 文禄の頃に下山し、志和地村の内田の土居へ移った(いつかは不明)。このときに勝山城は廃城となった。