虎城山城 (こじょうやまじょう) (古城山城・古座浦城)
最寄地 和歌山県東牟婁郡串本町古座492 2016.4.26
虎城山城 (こじょうやまじょう) (古城山城・古座浦城)
最寄地 和歌山県東牟婁郡串本町古座492 2016.4.26
登城ルート
青原寺石段(右端)
青原寺
本丸跡・石碑(木の陰)
本丸跡
二の丸跡
虎城山城跡(地図)
【遺構★★★☆☆】
【案内・感想】 国道42号線「古座」交差点より県道227号線に入り古座川左岸付近に駐車し、北に行き「古座川舟渡場」付近より右に行くと、青原寺(せいげんじ)石段が見えてくる[マップコード324 339 559*60]。南側の駐車場を寸借した。
登り口(地図)に説明板が建てられている。石段を登って青原寺(表記番地)本堂の右手、朱鳥居より登る。稲荷神社の右を少し行くと、比高30mの山頂に本丸跡がある。
中央に「登○大典紀念碑 虎城山公園」の石碑が建てられている(樹木の陰で一部読めない)。南西に1.5mほど低く二の丸があり、紀伊大島など太平洋が望める。
昭和五十二年(1977年)2月4日、串本町の史跡に指定された。
【歴史】 戦国時代、天正九年(1581年)高川原摂津守貞盛が築城した。
貞盛の子家盛が創建したと言われる青原寺の裏山に当たり、寺を建てる際に城の一部を用いたとされる。
堀内新宮城主の堀内阿波守氏善の古座地方への侵攻を食い止めようとしたことがあった。
慶長五年(1600年)の関ヶ原の戦いで家盛が西軍に属したため、改易となり、城も廃城となったが、家盛の子孫が城跡に代々住居を構えていたという。