水茎岡山城 (みずぐきおかやまじょう) (岡山城・尾山城)
最寄地 滋賀県近江八幡市牧町1885 2016.12.24 2017.12.9
水茎岡山城 (みずぐきおかやまじょう) (岡山城・尾山城)
最寄地 滋賀県近江八幡市牧町1885 2016.12.24 2017.12.9
登城ルート(青マークは頭山砦/水色は城址碑/緑は昭和天皇即位記念碑)
2郭東の堀切
2郭
堀切・主郭土塁
主郭・三角点
足利軍供養塔・城趾碑
頭山頂上
水茎岡山城跡(地図)
【遺構★★★☆☆ 比高100m】
【感想】 琵琶湖を望む標高187.6mの岡山に築かれている。地名の近江八幡市水茎町は「すいけい」と呼ばれるが、城名は「みずぐき」と読むらしい。
ロープ内は草木が伐り払われ、歩きやすいが、その左(南)の鬱蒼とした藪の中が郭と思われる。
二つの堀切と3郭の土塁、主郭の虎口が確認できた。 また主郭の北側には深い横堀が残っている。
頭山は鬱蒼としており、笹を分けて登った頂上だけが僅かに 視界が開けていた。
【案内】 湖岸道路「湖岸白鳥川」交差点のより1.3㎞西へ行き、表記番地の西に石段の登り口がある[マップコード67 786 391*38](地図)。
階段前に「名勝水茎岡」の石碑があり、石段を延々と登ると配水場に出、フエンス前をさらに登り、急な斜面を登ると、西側の3郭に出る。土塁の両側にトラロープが張られ、3郭は左側の藪の中と思われる。
堀切を挟んで細長い2郭があり、左側の鬱蒼とした藪の中に腰郭があると思われる。
更に西に行くと堀切を挟んで土塁のある主郭がある。ベンチが置かれ、標高187.6mの三角点がある。北側下段に東西に伸びる横堀が残っている。主郭西から下ってゆくと、西側の登り口に至る(地図)。
頭山南麓の県道559号線横に城址碑が建てられ、横に足利軍供養塔が祀られている(地図)。
頭山砦へは北東麓から林道が設けられており、林道終点に「昭和天皇御即位記念碑」が建てられている。頭山砦には目立った遺構は見られない。
【歴史】 南北朝時代、近江南部をおさめる佐々木氏が琵琶湖の水上警備のために築城した。頭山、岡山(大山)と呼ばれる山に連なるように遺構が確認されているが築城当時の規模ははっきりとしない。
本格的な築城は永正五年 (1508年)、室町幕府11代征夷大将軍足利義澄が城主九里信隆(六角氏の被官)を頼って都落ちをし、水茎岡山城に入った頃に行われた。
永正十一年 (1514年)、九里信隆が六角高頼に謀殺され、永正十七年 (1520年)、信隆の子浄椿は六角高頼・細川高国の連合軍に敗れ落城した。
大永五年(1525年)には九里氏の残党が城に立て籠もるも、敗れ九里氏は滅亡した。この頃に廃城になったと考えられている。
第二次世界大戦後の干拓事業により一帯は埋め立てられ水田地帯となり山も掘削され湖岸道路となっていることから周辺環境は様変わりしてしまっている。