加治木館 (かじきやかた)
所在地 鹿児島県姶良市加治木町仮屋町211 2015.5.10
加治木館 (かじきやかた)
所在地 鹿児島県姶良市加治木町仮屋町211 2015.5.10
説明板
加治木高校
護国神石垣・薨去碑
加治木島津屋形跡碑
柁城小学校
【遺構★★★☆☆】
【案内】 県立加治木高校(表記番地)が、「東の丸」「中の丸」跡に建てられ、「中の丸」の一画に加治木護国神社が建てられている。
市立柁城(だじょう) 小学校(仮屋町248)が「西の丸」跡に建てられている。南側道路に面して往時の石垣・石塁が残っている。
加治木護国神社の石塁上に「島津義弘公薨去(こうきょ)碑」(裏面「加治木島津屋形跡」)と説明板が建てられている[マップコード42 560 423*45] (地図)。
【歴史】 慶長十二年(1607年)帖佐平松城より移った島津義弘は「中の丸」「東の丸」という2区画からなる館を築き、元和五年(1619年)にここで生涯を終えた。
義弘死後、息子の島津家久は加治木館に「西の丸」を増築する。
その後、寛永八年(1631年)に加治木館は家久の三男・島津忠朗に与えられ、その後は忠朗の子孫である「加治木島津家」の居所となった。
明治時代以降は残った建物を利用して第七郷校、郡役所、町役場が置かれた。昭和二十年の戦災で焼失した。