堀城 (ほりじょう) (中嶋城)
所在地 大阪府大阪市淀川区十三本町2丁目17−85 2022.11.4
堀城 (ほりじょう) (中嶋城)
所在地 大阪府大阪市淀川区十三本町2丁目17−85 2022.11.4
門横の説明板
標識
十三公園
堀城跡(地図)
【遺構★☆☆☆☆】
【感想】 淀川右岸の平地にあり、工場や市街地となり遺構は消滅している。十三公園の巨木は堀城の名残という。
【案内】 阪急神戸線と一方通行の道路を挟んだ「武田薬品工業」(表記番地)の門屏に説明板が掲示されている[マップコード1 493 241*22](地図)。
南西約600mには十三(じゅうそう)公園がある[マップコード1 462 710*32](地図) 。
【歴史】 西国街道筋にあたる十三渡(じゅうそうのわたし )の北岸の要地にあった城で、『西成郡史』では永禄九年(1566年)に細川藤賢が築城したとされる。
しかし一説に享禄四年(1531年)の「大物崩れ」合戦の時にはすでに存在していたともいわれる。
天文十八年(1549年)江口の戦いの時には、細川晴賢が居城とし、その後勝者の三好長慶の直轄下に置かれた。永禄七年(1564年)長慶の没後には細川藤賢が在城したが、永禄九年(1566年)に三好三人衆によって無血退城させられた。
元亀元年(1570年)の織田信長による野田・福島攻めに際しては、将軍足利義昭が入城したという。
廃城後も周辺の樹木は残り「堀の森」と呼ばれた。南西方向にある十三公園の巨木はその名残と伝えられている。