根占砲台跡 (ねじめほうだいあと) (町の史跡)
最寄地 鹿児島県肝属郡南大隅町根占辺田614−3 2012.5.5
根占砲台跡 (ねじめほうだいあと) (町の史跡)
最寄地 鹿児島県肝属郡南大隅町根占辺田614−3 2012.5.5
砲台石垣
砲台石垣
説明板
大砲
根占砲台跡(地図)
【遺構★★★★☆】
【案内・感想】 国道269号線の表記番地北にあり、「薩英戦争砲台跡」の看板が建てられ、台場公園となっている[マップコード170 001 384*04]。
土塁の内側に当時の石垣が残り、大砲2門が展示されている。
昭和四十三年(1968年)12月、南大隅町の史跡に指定された。
【歴史】 文久二年(1862年)八月二十一日、島津久光の一行が江戸より薩摩に帰る途中、武蔵生麦村で行列を乱した英国人リチャードソンを斬殺し2名に傷を負わせた。このことが原因で薩英戦争が始まった。
文久三年(1863年)二月、薩摩藩は英艦の錦江湾来攻を察知し、沿岸の防備を固めたが、この時台場を構築した。高さ3m、幅4m、長さ60mの石垣で防備し、2門の大砲が設けられた。薩英戦争で実際に発射する機会はなかった。