鈴尾城 (すずおじょう) (福原城) (県の史跡)
最寄地 広島県安芸高田市吉田町福原223 2018.12.8
鈴尾城 (すずおじょう) (福原城) (県の史跡)
最寄地 広島県安芸高田市吉田町福原223 2018.12.8
登城ルート(緑線は車道)
駐車場・登り口
福原氏居館跡
北東側堀切
東側の腰郭
主郭・櫓台
福原城址碑
鈴尾城 主郭跡(地図)
【遺構★★★★☆ 比高110m】
【感想】 桂城と江の川(可愛川・えのかわ)を挟んだ標高317.7mの山頂に築かれている。
北東側に帯郭を配置した主郭は、南北に細長く石垣の散乱した櫓台があり、全体的によく整備されている。
【案内】 県道318号線より南へ行った表記番地先に墓地があり、駐車場がある[マップコード168 755 849*48](地図)。
3号目付近に広い居館跡があり、7号目の尾根から北側に下ると、井の壇があり石積み井戸が残されている。さらに斜面の山路を行くと広い北の郭に着く。
戻って7合目尾根より階段状の郭を経て急な切岸を備えた主郭がある。
主郭には中央に櫓台があり、城址碑が建てられ、やや北側に説明板が建てられている。
昭和十五年(1940年)11月10日、広島県の史跡に指定された。
城地東側に福原氏歴代の墓所があり、福原貞俊や福原広俊らが眠っている[マップコード168 755 799*55]。
【歴史】 永徳元年(1381年)毛利元春の5男広世が福原の地に移り姓を福原と改め築城した城で、元俊に至るまでの219年間福原氏の居城であった。
明応六年(1497年)に毛利元就が生まれたのも、この鈴尾城であったと言われている。
福原氏は毛利氏の重臣として活躍したが元俊の時、慶長五年(1600年)の関ヶ原の戦いの敗北の結果、毛利氏の防長移封に従って廃城となった。