赤司城 (あかしじょう)
所在地 福岡県久留米市北野町赤司1765 2020.3.13 2020.9.20
赤司城 (あかしじょう)
所在地 福岡県久留米市北野町赤司1765 2020.3.13 2020.9.20
赤司八幡宮
納骨堂
本丸の納骨堂
赤司城址碑
赤司城跡(地図)
【遺構★★☆☆☆】
【感想】 久留米市北野町赤司の赤司八幡宮から南の一帯が城跡で、納骨堂が本丸である。
【案内】 赤司八幡宮や「城コミュニティセンター」(表記番地)に駐車できる[マップコード37 687 418*77]。
一の鳥居から南へ約100m行くと、城址碑が建てられている(地図)。そこより民家の間の細い道を東に行った納骨堂一帯が本丸である。説明板は撤去されたのか見当たらなかった。
【歴史】 鎌倉時代、赤司氏により築かれ、代々の居城となった。
戦国時代、大友氏、赤司氏、筑紫氏、秋月氏などの豪族により戦略の拠点として争奪が繰り返された。
江戸時代、慶長六年(1601年)田中吉政が柳川城主となると、田中左馬允を赤司城主とした。