炬口城 (たけのくちじょう)
最寄地 兵庫県洲本市炬口2丁目13−17 2020.2.2
炬口城 (たけのくちじょう)
最寄地 兵庫県洲本市炬口2丁目13−17 2020.2.2
登城ルート(緑線は車道)
炬口八幡神社
八幡神社裏の登り口の標識
南側横堀
東側虎口
主郭南側の土塁
北側堀切
炬口城跡(地図)
【遺構★★★★☆ 比高90m】
【感想】 洲本川左岸の標高95mの山頂に築かれている。主郭は南北約80m、東西約50mで、2~3mの高土塁が廻らされている。
主郭は草木が茂っていたが、中央部分(主郭)が低く、北側(北郭)と南側(2郭)の両側が一段高くなっている。虎口は東側と西側中央にあり、北側の堀切は深く見応えがある。
一方、南側土塁の南に横堀があり東側の遊歩道に向けて竪堀となって落ちている。
【案内】 国道28号線「炬口北」交差点より南東に行った炬口八幡神社駐車場が利用できる[マップコード210 347 513*82]。
当日は拝殿建て替え中であったが、拝殿左側から遊歩道が主郭まで設けられている(地図)。登り初めの所で、倒木に塞がれていたが、そこ以外は登りやすかった。
【歴史】 永正二年(1505年)安宅秀興によって築かれたと云われる。
その後は安宅吉安、弟の安宅秀益が城主となり、三好氏に属していた。
大永八年(1528年)秀益は三好元長に対して謀叛を起こしたが、三好方の蟇浦常利・島田時儀に攻められ鎮圧された。その後、安宅氏の由良城(古城山)の支城として機能した。
天正九年(1581年)、羽柴秀吉による淡路侵攻の際、安宅清康の本城・由良城が攻められ、開城した。この時、炬口城も落城した。