平田城 (ひらたじょう)
所在地 高知県宿毛市平田町戸内 2021.3.10
平田城 (ひらたじょう)
所在地 高知県宿毛市平田町戸内 2021.3.10
登城ルート
主郭西の堀切
主郭(東側頂上)
主郭東の段郭
北西郭手前の2重堀切
北西の郭
平田太郎俊遠の墓・城跡南遠景
平田城跡(地図)
【遺構★★★☆☆ 比高30m】
【感想】 中筋川右岸の標高約61mの独立丘陵に築かれている。小振りな城ながら2重堀切が2ヶ所あり、土塁や段郭を備えた本格的な構えとなっている。
【案内】 宿毛市平田町にある工業団地南の道路脇に空地があり、そこに駐車できる[マップコード276 696 526*10]。駐車場の南側から登る(地図)。
谷筋を2回ほど折り返して南に登ると2重堀切に出る。
東に行くと土塁のある主郭で、東側に2段の段郭がある。
戻って2重堀切の西に行くと、こちらにも2重堀切があり、北西の郭に鉄塔が建てられている。
中筋川を挟んだ南の道路[マップコード276 696 127*10]から東に行った水田の横に城主「平田太郎俊遠の墓」がある(地図)。
【歴史】 築城年代は不明だが平安時代末期、平盛重の家人・平田太郎俊遠が城主であったと云われる。
平田俊遠は源頼朝が挙兵したとき、蓮池家綱と共に土佐介良に配流されていた頼朝の弟・源希義が蜂起するのを恐れ、寿永元年(1182年)希義を討ち取った。
文治二年(1186年)源頼朝の命を受けた梶原朝景によって攻められ、平田城に籠もって戦ったが討死した。