志和池城 (しわちじょう) (市の史跡)
所在地 宮崎県都城市上水流町1392 2019.3.6
志和池城 (しわちじょう) (市の史跡)
所在地 宮崎県都城市上水流町1392 2019.3.6
説明板
城址標柱
遠景
荒神
本丸
城名に入った墓地石碑
志和池城本丸跡(地図)
【遺構★★☆☆☆ 比高15m】
【感想】 都城市上水流町の高台にあり、本丸、二の丸、小城、新城、西栫があったというが、現在は本丸のみ残っている。
「上西ふれあい研修館」敷地が二の丸で、荒神(こうじん)の祀られている小山が残っている。
【案内】 国道221号線横に「志和池城址」の標柱が建てられ、西に行った「上西ふれあい研修館」(表記番地)に駐車できる[マップコード117 761 896*47]。
そこより南へ登った高台が本丸跡で「志和池城霊園」墓地となり、北側に忠霊塔、虎口左に説明板が建てられている。
昭和四十九年(1974年)5月1日、都城市の史跡に指定された。
【歴史】 築城時期は不明であるが、文明十七年(1485年)頃は島津忠尭(ただたか:後の志和池氏)が在城している。
慶長四年(1599年)の庄内の乱では伊集院氏の本城(都之城)を守る支城の一つとして、攻防戦が繰り返されたが、島津方の兵糧攻めに遇い降伏した。
その後、北郷氏の所領となったが、元和元年(1615年)の一国一城令で廃城となった。