青陰城 (あおかげじょう) (青影城) (県の史跡)
最寄地 広島県尾道市因島田熊町中区甲1852 2020.2.10
青陰城 (あおかげじょう) (青影城) (県の史跡)
最寄地 広島県尾道市因島田熊町中区甲1852 2020.2.10
登城ルート(緑線は車道)
駐車スペース・登り口
南東堀切
2の丸虎口
2の丸・四阿
本丸・城址碑
青陰城跡(地図)
【遺構★★★★☆ 比高210m(宝寿寺横より)】
【感想】 因島にある標高275mの青影山(城山)に築かれている。東西2峰に夫々主要郭を置き、付属郭を備えた山城となっている。
草木も少なく、よく整備され全貌が見やすくなっている。南方の生名島などの絶景が望めるハイキングコースとなっている。
【案内】 尾道市因島田熊町の表記番地北に駐車スペースがある[マップコード381 800 227*84]。その先はマピオンにも表示が無く狭い道が続く(軽トラだといけると思うが)。
東に150m程行くと「宝寿寺」があり(地図)、鋭角に左に曲がり、道なりに「前神寺」横を通って「因島八景六松公園」下まで行く(地図)。車でも行けそうだが、脱輪に注意する。
六松公園横を通って遊歩道を登ると、南東尾根の堀切に着く。東から2の丸、鞍部、本丸と並び、本丸の西に3の丸があり、2の丸の北に2段の郭が見られる。
昭和三十二年(1957年)9月30日、「因島村上氏の城跡」として長崎城跡、青木城跡と共に広島県の史跡に指定された。
【歴史】 因島村上氏の居城長崎城、向島の余崎城、青木城などの連絡場所であったが、建武の中興の頃(1333年)、村上義弘により築城されたと云われる。
その後、因島村上水軍の家老・救井太郎左衛門尉義親が城主となった。慶長元年(1596年)10代村上吉亮まで約260年間、因島村上氏の居城であった。