岡城 (おかじょう) (腰山城) (町の史跡)
所在地 福岡県遠賀郡岡垣町吉木西一丁目 2020.9.26
岡城 (おかじょう) (腰山城) (町の史跡)
所在地 福岡県遠賀郡岡垣町吉木西一丁目 2020.9.26
登城ルート
東側入口・説明板・城址碑
南西堀切
三の丸
二の丸
本丸
岡城跡(地図)
【遺構★★★☆☆ 比高30m】
【感想】 汐入川左岸の標高40.1mの独立丘陵に築かれている。こじんまりした城で、南から本丸、二の丸、三の丸と配置され、南西側に堀切が残っている。
【案内】 隆守院(岡垣町吉木西1丁目14−14)の駐車場が利用できる[マップコード68 672 499*13]。
駐車場から真っ直ぐ西へ行った登り口に説明板が、その上方に城址碑が建てられている。
城主隆守の菩提を弔って隆守院が建立され、境内域に城跡があり、岡垣町の史跡に指定されている。
【歴史】 文明年間(1469~87年)の終り頃、在地領主・麻生遠江守家延(家信とも)によって築かれたと云われる。
麻生氏は下野国宇都宮氏の出で、鎌倉幕府発足のころ、九州に来た鎌倉武士であった。
麻生氏はその後、北条氏の御家人から室町時代には筑前守護大内氏に属して、遠賀川の河口一帯を支配する大きな勢力になった。
麻生家の跡取りをめぐる内紛で、大内氏が大軍で攻めた花尾城合戦が起き、麻生氏は敗れ、大内氏と和睦した麻生氏の惣領・家延が岡ノ荘二十八ヶ村を与えられ、岡城を築いたという。
家延から三代目の麻生河内守隆守のとき、大友宗麟の家臣瓜生左近大夫貞延に攻められ、内海の海蔵寺にて自刃して滅亡した。