日和佐城 (ひわさじょう) (渭津城)
所在地 徳島県美波町日和佐浦445‐1 2010.9.11
日和佐城 (ひわさじょう) (渭津城)
所在地 徳島県美波町日和佐浦445‐1 2010.9.11
日和佐城西側遠景
駐車場・櫓台
野外活動施設
城山神社・由来記
由来記
日和佐城跡(地図)
【遺構★★☆☆☆】
【案内・感想】 日和佐漁港の東の独立丘陵の山頂にあり、城山公園となっており、櫓台に天守風の日和佐勤労者野外活動施設(表記番地:4階展望台のみ無料開放・10時から16時迄)が建てられている[マップコード754 514 111*04]。
当時の建物を再現したものではなく、石垣も新しく造られ、建造当時の遺構と言えるものはほとんど見当たらない。 城山神社の前に由来記があり、日和佐肥前守の事蹟が記されている。
【歴史】 室町時代に日和佐肥前守が築城したという説があるが、日和佐城についての史料があまり残っていない為、不明な点が多い。
城主だった日和佐氏は、天正五年(1577年)十一月十七日に長宗我部氏の海部城攻めの主将香宗我部(こうそかべ)親泰の起請文をうけて降伏し、その後は臣従し土佐に移り住んだ。
しかし蜂須賀氏が阿波を治めるようになると、阿波藩主、蜂須賀家政に帰住をすすめられ、また阿波に帰り、石高五十石を知行する士分に取り立てられたという。