黒崎城 (くろさきじょう) (道伯山城)
最寄地 福岡県北九州市八幡西区屋敷1丁目9−27 2018.5.3
黒崎城 (くろさきじょう) (道伯山城)
最寄地 福岡県北九州市八幡西区屋敷1丁目9−27 2018.5.3
登城ルート(緑線は車道)
駐車場
北側の石垣
主郭・四阿
主郭・城跡碑
説明板
黒崎城跡(地図)
【遺構★★★☆☆】
【感想】 北九州市八幡西区の標高62.6mの道伯山に築かれており、現在は城山緑地として整備され市民の憩いの場となっている。遺構はほとんど無いが駐車場前と南東の六地蔵先下段に石垣が残っている。
【案内】 国道3号線「紅梅一丁目」交差点より鹿児島本線を渡り黒崎バイパス高架下を潜り50m先を右折して登ってゆくと城山緑地駐車場が用意されている[マップコード16 423 121*40]。
【歴史】 慶長五年(1600年)関ヶ原の戦いの功により52万石の大名として筑前国に入部した黒田長政は、翌六年から福岡城の築城に取りかかった。
同時に国境の守りを固めるために慶長十五年までの間に、黒崎城をはじめ若松城(中島城)、大隈城、鷹取城、小石原城、左右良(まてら)城の6端城を築いた。
そして黒崎城には黒田二十四騎の一人井上周防之房(ゆきふさ)を城主に任じた。
しかし元和元年(1615年)幕府の一国一城令により、わずか十数年で城は破却されてしまった。
元文三年(1738年)石垣は新田開作(現在の黒崎駅付近)の為の護岸工事に使用され、今では石垣がわずかに残るのみとなっている。