世田山城 (せたさんじょう)
最寄地 愛媛県西条市楠乙454 2017.12.15
世田山城 (せたさんじょう)
最寄地 愛媛県西条市楠乙454 2017.12.15
登城ルート
登り口
世田薬師奥の院
大館伊予守の墓(中央)
主郭
北側堀切
南の展望台
永納山・燧灘方面
世田山城跡(地図)
【遺構★★☆☆☆ 比高260m】
【感想】 今治市と西条市の境にある標高339mの世田山に築かれている。遺構は意外と少ないが北側の笠松山に続く尾根に堀切が残っていた。
頂上からは眼下に永納山や遠く燧灘の絶景が望める。
【案内】 県道159号線に面した世田薬師栴檀寺の墓参用駐車場が利用できる[マップコード119 486 695*36](地図)。一般用駐車場もあるが結局ここに徒歩で来ることになる。
徒歩約1.3kmの遊歩道が世田薬師栴檀寺奥の院まで通じている。比高約180mに不動明王像があり更に登ると奥の院があり、大館伊予守氏明の墓がある。
そこから右に登ってゆくと、頂上に出、南に展望台、北に主郭があり休憩施設が建てられている。
【歴史】 興国三年(1342年)頃、守将大館氏明は伊予官軍の勢力を盛り返そうと、新田義貞の弟・脇屋義助を迎えたが不幸にも病没し、それを知った阿波讃岐の細川氏の大軍が来襲し世田城を包囲した。将兵は奮戦するも遂に落城し、大館氏明は討死した。
この後、正平十九年(1364年)、世田山城に籠もる河野道朝と細川頼之との合戦があり、文明十一年(1479年)、城主河野道生の時細川義春に攻められ、合戦があったという。