舞岳城 (まいだけじょう)
所在地 長崎県長崎市手熊町/向町 2019.12.11
舞岳城 (まいだけじょう)
所在地 長崎県長崎市手熊町/向町 2019.12.11
登城ルート
登り口
虎口下の石垣
主郭・標柱
主郭西端の土塁
八幡・春日大神の祠
舞岳城跡(地図)
【遺構★★★☆☆ 比高180m】
【感想】 式見ダム湖南の標高252mの舞岳に築かれている。
主郭は東西に細長く岩を巧みに利用しており、東端に城址標柱、三角点があり、説明板が地面に置かれていた。西端の岩場に八幡大神・春日大神の祠が祀られている。
【案内】 式見ダム南岸の林道に九州自然歩道の案内板があり、岩屋山への案内がある[マップコード262 142 333*88]。
そこから遊歩道を南下し、尾根に出て東に行くと岩屋山方面であるが、西(右)へ行く。50m程行って下らず、右の白いマーキングの方へ行く(地図)。東側尾根をジグザグに登ってゆくと城跡に着く(白いマーキングあり)。
途中、東側9号目付近に石垣がある。
【歴史】 天正十四年(1586年)大村氏の家臣であった福田城主・福田忠兼により築かれたと云われる。
福田文書によると、手熊福田村の地頭で、18代福田忠兼は樒(式見)氏を追放した恩賞として、大村純忠より舞岳城を賜ると記されている。
同年、大村純忠の娘を息子の兼親の妻に迎えている。