岩神館 (いわがみやかた)
所在地 滋賀県高島市朽木岩瀬374 2019.6.20
岩神館 (いわがみやかた)
所在地 滋賀県高島市朽木岩瀬374 2019.6.20
興聖寺石垣
本堂
旧秀隣寺庭園
北西側土塁・空堀
岩神館跡(地図)
【遺構★★★☆☆】
【感想】 安曇川左岸の山裾の興聖寺にあり、館の前面に石垣、本堂の左手の墓地裏に土塁・空堀がよく残っている。
【案内】 国道367号線より西に行った興聖寺(表記番地)の敷地となっており、参詣用駐車場が利用できる[マップコード263 634 045*82]。
「旧秀隣寺庭園」が名勝として指定されている(拝観料300円)。
【歴史】 近江守護・佐々木信綱は承久の乱(1221年)の戦功により、高島郡朽木荘の地頭職を得て、信綱の曾孫である義綱の時、朽木氏を名乗った。
享禄元年(1528年)12代将軍足利義晴(在職:1521~46年)を迎えるため、朽木稙綱が館を建て庭園を築造した。
その後、天文二十年(1551年)三好長慶により京都を追われた13代将軍義輝は六角定頼の勧めにより坂本を経て岩神館に身を寄せた。
慶長五年(1600年)の関ケ原の戦いで東軍に味方し、慶長十九・二十年の大坂の陣で功のあった15代朽木元綱は9595石の知行地を与えられ、交代寄合に列せられた。
慶長十一年(1606年)朽木宣綱が亡き妻のために館を寺として秀隣寺と号したが後に朽木村野尻へ移転し、その跡地へ興聖寺が建てられた。