椿井城 (つばいじょう)
最寄地 奈良県生駒郡平群町椿井1278 2016.4.24
椿井城 (つばいじょう)
最寄地 奈良県生駒郡平群町椿井1278 2016.4.24
登城ルート(緑は南城)
登城口
南副郭南の土橋・堀切
南副郭跡
南副郭主郭間の堀切
南主郭跡
北副郭南の堀切
北主郭跡
椿井城 北主郭跡(地図)
【遺構★★★★☆ 比高140m】
【案内・感想】 国道168号線「平等寺」交差点北より東に、道の駅「大和路へぐり」の第二駐車場(地図)が直近で利用できる[マップコード11 130 245*52] 。道標は椿井井戸登城口(地図)のある常年寺東の椿井春日神社(表記番地)まで付いている。
椿井井戸横を通り春日神社の南側より登ると、途中に道標があり、尾根に出て左(北)に向かう。
比高約120mの山頂手前に土橋・堀切が残る。南郭群(地図)は2条の堀切で分けられて2つの郭から成り、標識が建てられている。南郭主郭跡の南には土塁、石垣が残る。
北に行くと、左に春日神社北側につながる大手道があり、その先に北副郭、北主郭、北出郭があり、3条の堀切で分けられ、主郭に土塁があり、標識が夫々建てられている。
地元有志によって遊歩道や標識整備が行われ、南郭群からは眺望は抜群である。南郭群と北郭群を含めると南北300m規模を有している。最高所は北主郭が標高241.5m比高約140mである。堀切は尾根上に合計五ヶ所がある。
【歴史】 築城時期、城主に関する確実な史料が残っていないものの、当初は在地土豪の椿井氏の居城であったとされる。
現存する椿井氏系図には「椿井右京大夫政信」のほかに「澄政」「政矩」「政勝」「信政」などの歴代の名が見えるが、全て「政」の字を持ち、それとは別に「幸政」「幸通」「幸景」など「幸」の字を持つ系統があり、このうちの「幸盛」が「南八郎左衛門尉」とある。『ウィキペディア』より。
【椿井井戸の逸話】 今も清水が湧出する古井戸で、聖徳太子と平群神手(へぐりかみて)将軍の逸話が伝えられている。
物部守屋(もののべのもりや)を征伐する際に苦戦し、神手将軍がこの地に椿の杖を突きたて、戦勝を祈願された(平群氏の祖先を祀る春日神社を参拝した時ともいわれる)。
すると、一夜にして杖が芽吹いて葉が茂り傍らから冷泉が沸きだした。これは戦いへの瑞祥であると大いに喜ばれ、太子と共に飲まれた。兵士たちにも振る舞ったところ士気が大いに上がり、守屋戦に大勝することが出来たという。
以来、「椿井(つばい)」と称して大切にされ、地名の興りとなっている。『現地説明板』より。