金子城 (かねこじょう) (金子山城)
所在地 愛媛県新居浜市滝の宮町 2017.12.14
金子城 (かねこじょう) (金子山城)
所在地 愛媛県新居浜市滝の宮町 2017.12.14
登城ルート(緑線は車道)
公園入口階段・第3駐車場
土橋
城跡標柱
南の郭・休憩所
北の主郭
金子城跡(地図)
【遺構★★☆☆☆ 比高60m】
【感想】 「滝の宮公園」となり、展望台・東屋・遊具等が設置された公園となっている。
南北2つの郭が並び、南に四阿、北にぶらんこ等の遊具、北端に展望台が設置されている。
【案内】 県道136号線より西に行き、細い道を登って行った「滝の宮公園第3駐車場」が用意されている[マップコード172 693 228*18](地図)。
階段を登って北にゆくと、細い土橋があり左右は藪ではっきりしないが堀切と思われる。その先、右側に城跡標柱が建てられている。
昭和五十三年(1978年)4月6日、新居浜市の史跡に指定された。
【歴史】 桓武平氏村山党の流れをくみ、武蔵国入間郡金子郷(金子氏館)を治めていた金子氏の一族・金子広家が、建長年間(1249~55年)に所領であった伊予国新居郡に移住し、領地を広く見渡せる丘陵地の頂に金子城を築いた。
その後戦国時代にかけて勢力を拡大し、新居郡はもとより東隣の宇摩郡の実質的支配者として、伊予侵攻を謀る土佐国の長宗我部元親と和議を結び領地を安堵された。
天正十三年(1585年)に羽柴秀吉が四国征伐に乗り出すと、その命を受けた毛利氏一族の小早川隆景の大軍により攻められ、城主金子元宅は 野々市原で討死した。金子城も落城し300年以上にわたる歴史を閉じた(天正の陣)。