須崎城 (すさきじょう)
最寄地 高知県須崎市鍛治町5−13 2020.12.11
須崎城 (すさきじょう)
最寄地 高知県須崎市鍛治町5−13 2020.12.11
登城ルート
城山公園
南峰・土塁
北峰南尾根の堀切(2条目)
主郭切岸
主郭土塁・内側石垣
北峰西側の堀切
須崎城 主郭(北峰)跡(地図)
【遺構★★★☆☆ 比高150m】
【感想】 須崎港西の標高約154mの城山の北峰と三角点のある南峰に築かれている。
北峰に主郭があり土塁が巡り、内側に石垣が施され、崩れた石が散乱している。周囲に2郭があり、北、西、南尾根に堀切が残っている。
一方南峰は東側に土塁、建物跡のコンクリートの土台が見られ塹壕のような窪みが見られる。
【案内】 県道310号線より北に行った旧NTT社屋前の道が広く路駐した[マップコード181 185 514*21]。
月極駐車場の先に津波避難路があり、登った所に南北に細長い城山公園がある(地図)。
石鎚神社を経て北西に登って行くと南峰に着く。土塁や三角点が建てられ、西側尾根に浅い堀切がある。
南峰から北にロープの張られた尾根を進むと2条の堀切があり、主郭を取り巻く2郭に着く。
西尾根に2条、北尾根に1条の堀切があり、頂上に主郭がある。
須崎小学校は高岡郡奉行所跡で、その後文武館が建てられていた。
【歴史】 築城年代は不明ですが、姫野々城主津野氏の一族によって築かれたと云われる。
津野氏は勢力を伸ばし土佐七雄の一つに数えられたが、津野勝興の時に長宗我部元親に降伏し、元親の三男・親忠を養子に迎えた。
津野親忠・山内右衛門大夫の土居が山麓にあったという。