田屋城 (たやじょう) (市の史跡)
最寄地 広島県安芸高田市向原町長田3648 2022.11.7
田屋城 (たやじょう) (市の史跡)
最寄地 広島県安芸高田市向原町長田3648 2022.11.7
登城ルート(緑線は車道)
東側登り口
2重堀切・竪堀
主郭石垣
主郭・土塁
2郭・井戸
田屋城跡(地図)
【遺構★★★★☆ 比高100m】
【感想】 安芸高田市向原町長田にある標高284mの広尾根に築かれている。
主郭は城跡碑が建てられ、南に高土塁や背後に2重堀切があり、その先で合わさって1条の竪堀に続いている。また石垣が部分的に残っている。
北側下段に広い2郭があり、石積み井戸がよく残っている。
【案内】 県道37号線より県道80号線に入り、100m南を右折して行った表記番地西に説明板が建てられている[マップコード168 670 318*27]。
住民の方に聞いて登り口を教えてもらった。民家下を西に行き、もう1件の民家先にフエンス扉がある。そこから道は消え、尾根を登って城跡南のピークに着き、そこから降ると2重堀切に着く。
後で調べたところもう少し西側に登り口があり、整備された登山道があるようだ(地図)。
平成元年(1989年)3月1日、安芸高田市の史跡に指定されている。
【歴史】 築城時期は不明ながら内藤氏の居城と伝わる。内藤氏は厳島神社神主家・佐伯氏の一族で、鎌倉時代より長田郷の地頭として土着し、戦国時代には毛利氏の配下となった。
永禄七年(1564年)毛利氏に降伏した尼子義久ら三兄弟は長田・円明寺に幽閉され、内藤元泰が23年間その監視役を務めた。