投稿日: May 24, 2011 12:10:30 AM
ネットへの風当たりを感じる方へ
人々は震災情報には関心が強いと共に、フラストレーションも多いように思う。勢いマスメディアをDisることも多くなっているようだが、そもそもマスメディアには限界があって、第2次大戦の時を思い出しても真実など伝えていなかった。いつの時代でもどこの国でも「それぞれのメディアの成り立ちという前提」を踏まえて報道というのは見なければならないことはメディアリテラシーとして知られている。単一メディアが万能にはならないのだから、いろいろなメディアに目配りすることで、総合的な判断ができるようになるのだろう。
新聞の全国紙は発行部数が多いので新聞の顔のように思われやすいが、地方では県紙の方が親しまれていたりするので、発行者数からみると全国紙の方が少数派である。全国紙は震災の局地的な情報は不足するし、具体的なボランティアや支援の足しにもならない。しかし地元紙は地域社会の情報のHUBとして活動してきたので、きっと地元の生活者にとって必須の告知が掲載されているはずで、震災後には無くてはならないメディアという認識は強まったのではないかと想像する。行政の動きを漏らさず伝えるようなことは、いくらソーシャルメディアが発達したからといって置き換えられないだろう。
TVはNHKと民放では大きな差があるように思える。ニュースにおいては断片的な同じことの繰り返しになってしまうが、NHKは震災当初から南相馬市市長とか病院の人とか、渦中の人を継続的に追いかけていたので、生の声とか実態がかなりよく伝えられたと思う。民放がCFの代わりにACを流して不快な思いをさせたのに対してNHKは有名人からの声援をすぐに流した点も空気読めていたと思う。これらは番組の企画力の差である。つまりTVはドキュメンタリー風にすれば、将来ともネタが尽きることは無いと思う。
今回の震災で特徴的なのはポータルサイトの対応やUstreamやニコニコ動画の活躍であった。TVでは記者会見でもほんのさわりしか流れないとか、リアルタイムにはなかなか放映できないので、ネット中継があらかじめtwitterなどで記者会見の予告をしておいて、ネットで告知を広めることで何千何万人が直接会見を見ることができたし、コメントも共有できた。ネット上には確かに怪しい情報もあるが専門家の書き込みもあって、利用者の能力しだいで有益であったり有害であったりするというのは変わっていない。しかしポータルサイトがちゃんとした情報を流しているので、常識のある人がネットを使う上での混乱はないと思われる。
ネットの情報自体はそれぞれバラバラでフラグメント化しているが、facebookのようなコミュニケーションの上にそれらの情報がマッピングされると、それなりに文脈がでてくるというのも今回感じたことである。しかしこれも個人差が大きい。つまりtwitterでもfacebookのようなものはメディアリテラシーの格差を埋めることができないといえる。ネットは悪者では決して無いが、まだ悪者を封じ込める力は足りない。