投稿日: Jun 19, 2015 1:48:11 AM
前職では10年に1回くらいのペースで「印刷の未来を考える」という割と大規模な調査をしていたのだが、私が抜ける頃にはそれはされなくなっていた。直近の調査は2000年で、世紀の変わり目を目前にしていたので、100年前との比較などもしたし、すでにデジタルメディアが普及していたので、将来も見通しやすかった。アンケート調査やシンポジウム、ヒヤリングなども行っていたが、アンケートが一番いい加減なもので、人々に今まで考えたことが無いようなことを問うこと自体が難しい。
それよりも一部の専門家の分析の方が役立つのだが、それは印刷技術というよりも、印刷の役割を考えている人の意見であった。殆どの印刷は紙にインキが乗った「物質」であるが、それが作られるには何らかの役割が期待されているからで、その期待とか目的というところを日頃考えている人でないと、印刷の将来はなかなか考えられないという経験をした。これは電波でも通信でもメディア全般にいえることであろう。
結局いろんな検討を重ねて、印刷の役割は4つに絞られた。第1は印刷物そのものに価値を見出すもので、小説など書籍のかなりが当てはまる。内容は他の手段でも手に入るが「新聞を読みながら朝食をとる」とか「蔵書を充実させる」というようなもので、印刷文化と密接に結びついている。
第2は印刷物製造過程で出来上がった表現手段というものが多くあり、今のマルチメディアであっても写真やフォントや組版など印刷の手法を踏襲しているものがある。つまり表現手段としての印刷である。
第3は印刷物がビジネスの道具になる場合で、伝票・帳票などビジネスの場で使われたものはわかりやすい。学習用プリントなどもそうである。これらは道具としての利便性が重要で、割とデジタルメディアへの移行は早かった。
第4は量産手段としての印刷で、電子部品とかインテリア資材など工業分野である。これは「組立」工程を印刷という手段位置き換えるものなので、「3Dプリンタ」といったようなものも生まれる。
とすると、第1の印刷文化につながったものと、第4の工業生産手段以外のものはデジタルメディアとの競合を余儀なくされ、印刷が必要なくなる部分は時代とともに増えていくであろう。
第1については「文化」なので、コンテンツ次第であり、言い換えると優れたクリエーターが印刷の見方になってくれるかどうかにかかっていて、技術革新はそれほど関係がない。それはテレビが増えても印刷が減ることにはならなかったのと同じである。
しかし書籍でも実用書は「道具」の側面が強く、紙の媒体は減っている。また表現手段としての印刷はもはや制作工程がデジタルになってしまった21世紀では紙媒体出力とは必ずしも結びつかないものとなり、製本・紙工の表現能力に優れるところのみが生き残る。
つまるところ、印刷出身者がデジタルメディアに進出できるのは、印刷の表現手段を使って、道具として紙より便利なデジタルメディアを作る分野になるのである。この「道具として便利」という点で、日頃から印刷の役割を考えていたような人でないとデジタルメディアも作れないということになり、そもそも印刷業界全体が掲げるテーマにはなりにくいと思う。
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