投稿日: Aug 20, 2010 11:53:12 PM
すでにネットは十分に出版機能を果たしていると思う方へ
eBook2.0Forumの『EB2ノート(14):「抵抗勢力」とは何か?』に、8月10日に中西秀彦氏を迎えて開催された第5回研究講座『「“電子書籍元年”の中間総括-印刷業界の視点』のまとめと感想が掲載されている。中西秀彦氏の本は読んでいないし、話も聞いていないので、直接コメントできる立場ではないが、紹介されている内容にはいくつも気がかりなことが書いてある。似た話はいつも起こり、氏と同じ考えを持つ人も多かろうと思うので、中西秀彦氏個人に対するコメントではなく、ざっと論点を整理してみた。
収益
懸念としてeBookの普及は進むものの電子コンテンツ制作からは収益が上がらないという話はいつも出るが、収益は自然に上がるものではなく、もし技術革新なり市場動向が変化するならば、利益構造が変化するので、収益の上がるところに自分が移動しなければならない。生物で言えば気候変動とか餌場が変化すれば、生物は移動せざるを得ないのと同じである。組版が活版から電子化してもバリューチェーン全体は大きな変化はしないが、紙ではなく電子出版のような電子配信になることは、ビジネスプロセスとしては全く異なるものなので、収益は比較がしようがないところに来ている。つまりeBookなニュービジネスである。それに携わろうという人は儲かる構造を作ろうとしてそうするのである。
質
基本的にはマーケティングの問題に帰結する。出版は多様であり一括りに質を云々できるものではない。オーディエンスを多く想定すれば内容は緩るくなる。たくさん売ろうとすれば、本屋に並んでいる多くの書籍のように、twitter/Blogほどの価値のものになる。もし本心が書籍の質的向上にあるのなら、今の書籍点数の多過ぎも問題にせざるをえないだろう。電子化で出版文化の質がどうなるという問いの立て方がおかしいことになる。eBookによって人々が文字を読む機会が多くなるなら、ケータイ小説のように異質なものも増える。それと同時に学術論文の発表の機会も増える。これらは天秤にかけるようなものではないだろう。ネット環境とeBookを重ね合わせて考えると、クラウドソーシング的な大衆文化が向上する時代に入っていて、ビジネスとしては従来のプロフェッショナルとは異なるプロデューサが必要とされるだろう。
役割
印刷会社を無視した電子化の流れを遅延させることに賛同する人は居ないだろう。一体何様のつもりだといわれてしまう。活版ならCTSへの移行は1980年代から起こっているのであり、そこに居合わせた印刷会社が、パッケージメディアやネットでの電子化の流れを無視してきたのが事実であって、いまさら印刷会社が出版の「協創空間」を提案できるのかどうかである。新たな出版事業のコーディネータを出版社自身ができなくなったのが今日であり、それは「意外にビジネスが描き難い電子書籍」で書いたような複雑な要素が絡んでいるからだ。
どうも電子書籍という言葉の呪縛に多くの人がはまっているようだ。時の流れを勘案すれば、出版のバリューチェーン全体がネット上にシフトしつつあることが、Webが情報源になることが増えたり、Wikiの発達もあり、また文化的な価値の客観評価もネットで行われるようになっていることから分かるだろう。こういったことの結果としてeBookがあるのだというところからコラボレーションを仕掛けていく能力が必要だろう。