投稿日: Nov 29, 2014 1:11:18 AM
音楽の嗜好が一通りしかなく、特定のジャンル以外は一切聞かないという人は珍しいと思う。しかしいつもいろんな音楽を取り混ぜて聞くこともしない。やはり聞きたくなるきっかけがあって、違う嗜好の音楽も聞いてみたくなるのであろう。それは個人のその時の気分によることも多い。またその場の雰囲気がそうさせることもある。人と一緒の場合は特にそうで、いろいろな会合でも歌で集まった人々の気分を合わせるということもある。教会の聖歌・讃美歌も軍歌も労働歌もそうであろう。音楽においては、個人の嗜好は元々備わっているものではなく、実体験を通じて醸成されていくので、嗜好のナビゲーションという役割も重要になる。
記事『PlayListの意味』『Vintage音楽の楽しみ方』では、LPのBest盤の選曲とかラジオの音楽番組などでは、曲の並べ方が意味を持つことを書いた。日本にはクラブ文化がないし、最近のラジオを聞いたことが無いので現在DJがあるのかどうかは知らないのだが、こういったエンターテイメント自体も嗜好のナビゲーションになっている。またクラブやDJが個人の嗜好の範囲を広げることになるのだろう。当然LPでもCDでもいろんな曲が入っているので、嗜好の範囲は広いように思えるが、クラブやDJはまた第三者がスクランブルするので、違う体験になる。
私自身の体験でも、子供の頃FENで聴いた音楽番組の影響を強く受けているし、大人になってその印象が薄れてしまったので、DJのLPなども買ってみたことがあった。B.B.KingがDJをしている放送局向けのLPもあったし、インターネットの時代になって実際の1960年代前半の黒人向けラジオ局の音楽番組のエアチェックを勝手に売っているのが手に入るようにもなっている。また1960年ごろのアメリカのローカル局の音楽番組がYouTubeに登場するようにもなり、あらためてこういうエンタテイメントの価値を考えている。
つまり、唐突に1枚のレコードを聴いてもそれほど良く思えないものでも、何らかの前触れがあって嗜好のスイッチが入ると良く思える場合が多いのである。あの曲のあとにこの曲を聴くと格別良いということもある。DJというのも気分の抑揚というのを良く考えていると思う。3分内外の音楽はシーケンシャルに楽しむのが自然であるのだろう。
このことはネットでの音楽配信で、一曲単位で検索して聞くことの無味乾燥さでもあり、結局はその曲の味を引き出せないのではないかと思わせる。つまりデジタルのランダムアクセス的なやり方では嗜好のスイッチが入り難く、インターネットでもラジオのようなシーケンシャルな楽しみ方が残ることになったのではないか。
まだネットでの音楽の楽しみ方はいろいろな工夫の余地がある。
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