投稿日: Apr 11, 2016 12:38:46 AM
パソコンのモニターは色及び階調が信用できないものだったので、少しでもマシなものを!という気持ちから、CRT時代よりEIZOのものを使ってきたが、notePCを使うようになると機種ごとに液晶が異なるので困ったものである。結局色味が問題になる用途にはDesktopパソコンが離せない状態である。あまたあるWindows向けnoteの設計・製造者の感覚を疑ってしまう。
これはパソコン以外の情報家電でも同様で、安物の中華PadがカーナビのワイドVGA液晶を使っていたように、カーナビというのも液晶が綺麗にならない。後から開発されたタブレットやスマホの方がよっぽどきれいになっている。カーナビ製造者の気持として「地図だからこれでいいのだ」、というのが丸見えで、カーナビを良くしようとも拡張しようとも思っていないのだなと感じる。
どうも電気屋さんの感覚で作られたものには何か居心地の悪さが感じられるものがあるのだが、Steve Jobs はそういうのを嫌っていて、設計・試作の段階で時々爆発していたのだろうと思う。Jobsの末期の商品にRetinaDisplayという高精細液晶があったが、名前の通り従来の液晶のセルを見えなくしてアナログ的表示を可能にしたものだった。こういう感性をエンジニアが理解していないと、Jobsはいらだったのだろう。
パソコンの背面にはいろいろなケーブルをつなぐところがあって、パソコンは正面からみたデザインはよくても、裏から見るとタコ足配線のぐちゃぐちゃしてものになりがちで、Jobsはこれも追放したがっていた。Nextを設計する際にはプリンタのデジタル信号線とAC電源線を一体にして、1本の線でパソコンとプリンタをつなぐようなこともしていた。これはエンジニアからすると何の意味もないように思えただろう。ナイーブさの違いである。
最初の発案者の中にある製品イメージをエンジニアに伝える難しさとか意識ギャップというのはいつの時代にもあるのだろうが、Jobsのように最初のイメージを強く描いている人ほど、スタッフにそのイメージが伝わっていないことに苛立ちが高まってしまったのだろう。ナイーブなデザイナといえばそれだけだが、そこが電気屋に不足していた点であるともいえる。
パソコンがノートになってケーブルは無くせたものの、きっとJobsにとっては今度はいろんなコネクタの穴が開いているのが気に障ったことだろう。それの回答は後のタブレットの開発で現実のものになり、さらにインタフェースとしてはスマホ・タブレットのLightningで一段落したのではないかと思う。つまりLightningはJobsの遺志を実現したものといえよう。
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