投稿日: Jun 03, 2013 12:31:11 AM
自由の代償
cool JAPAN に国の予算をつけること自体はよいことだと思うが、記事『クールジャパンは、もっと謙虚に』に書いたのは、文化政策の土台となる部分がまだ未整備であることを放置して、即ビジネスになりそうな販促に国の金を出す必要はないだろうということだ。cool JAPAN を世界的に誇ってよい点はあり、それは日本文化が攻撃的なものや閉鎖的なものではなく、あくまで寛容で平和的なものだからだ。ポケモンからユルキャラに通じるようなほのぼのとしたものがひとつの特徴でもある。それはポルノでも戦闘ものでも欧米に比べればグロいものは少ないのではないだろうか。
日本でも児童ポルノや民族差別的表現が問題にはなるが、世界的にはマシなほうで、記事『生活者の問題解決を第一に』ではアメリカには数十万人規模の行方不明者データベースがあることを書いたが、秘密結社の犯罪集団や私刑がなくならない。これはアメリカの文化多様性が非寛容からきていることでもある。
日本は南北に長い日本列島を人が上下するという交流の中で文化の多様さに寛容になっていて、コンテンツつくりにおいても古今東西森羅万象を素材にしてしまうようになったのだろうと思う。これは食べ物にもいえて、日本では世界中の料理が食せるし、食べ物の禁忌も極めて少ない。(これは逆に海外に出る際には気をつけるべきことなのだが)
もうひとつの特徴は日本は大衆文化・庶民文化が栄えていることで、これは江戸時代の何々草子以来の伝統でもあろう。これは庶民も文化のごった煮を土壌にして育ったので好奇心は高いために、アマチュアリズムとして起こったのがマンガ文化である。マンガは絵画や音楽のような学校も無く、師弟関係的な世界であった。こういう庶民の情報発信が大きなメディアになる例は世界にも多くは無い。それは欧米の大メディアはサブカルを掲載してくれなかったのに、日本の雑誌社はマンガ雑誌を出してくれたからである。
しかしクリエータとしての漫画家を考えた場合に、社会の中で師弟関係しかないと、師弟関係が崩れたりなくなった場合にはどこにも帰属先がなくなり、もし作品がどこかに残っていて再発見されても、クリエータに関する情報を見つけるのが非常に困難になる。すでになくなられたマンガ作家のバイオグラフィー研究というジャンルがあるように、過去作品は闇の中に置かれてしまっている。自由闊達に作品を作れた日本マンガの世界の良さの反面として、帰属先が無いという代償を払わざるを得なかったということだろう。
こういった再評価される作品や作家の情報もどこかに集中して管理されているわけではないので、少なくとも国がマンガ文化アニメ文化を意味あるものだと思うのなら、音楽著作権に似たような作家・作品の登録制度を作るのに手を貸してもらいたいと思う。ただこれらの作業を国がするべきだとは思わない。
それはITのシステムというのも時代とともに変わっていくものだし、また日本の作家やコンテンツの情報も海外から参照されるようにすべきなので、既存の官製システムのようなやり方はそぐわないだろおうと思うからである。
オープンでいろいろな人が貢献できて、多様な参照の仕方ができる、成長可能な索引が今日では設計可能であると思う。