投稿日: Jan 16, 2014 2:6:38 AM
お互いのメリットになる
明治以降の日本は海外への植民とか移民を継続的に行ってきた。第2次大戦後もブラジル移民は再開され、バブル期になって逆にブラジルから日系人を受け入れるような逆転が起こった。つまりバブル前までは日本人の中に海外で生活の道を見つけることはひとつの選択肢としてあった。日本人は島国根性で閉じこもった発想しかしないというのは、こういった過去を振り返るとありえないもので、逆にバブル期に国内大手企業に入社するのが人生の花道のような感覚が始まったのではないかとさえ思う。
私の若い頃でも移民とまではいかなくても、若者は海外青年協力隊などで世界をみてみたいとか話し合うことはあって、日本が閉鎖的な国であるという感覚はもたなかった。その後に高度経済成長期になって日本企業が世界相手に貿易をするようになったので、日本人も海外経験者が増えたし、そういったことを通じて日本の食文化やライフスタイルも変化し、多様化してきた。つまり消費の拡大というのも海外への関心と強く結びついていて、江戸時代の大名の生活を豊かだと思う人はあまりいなくなった。日本の食物自給率が低いといわれるが、その理由のひとつは食の多様性にあるだろう。今日の日本人が考える豊かさは世界との接触によってもたらされたものだ。
今でも世界地図をみれば、世界は広いと感じて日本以外のところに関心をもつ子供はいる。この感覚は国土が広く国内にいろいろなライフスタイルの多様性があるアメリカ人よりも強いようだ。日本の古代史を考えても外国のものを貪欲に吸収していった文化がある。ただ平安時代や江戸の鎖国政策のような閉鎖的な時期もあったが、これは国際情勢に理由があったのだろう。日本の歴史全体を考えると異文化を取り入れて社会を発展させたプラスは大きい。だから日本にとって世界との接点は重要である。それは経済的メリット以上に、調和の取れた人格を形成することが、異文化とのつきあいに必要なことで、それこそ経済活動の基礎になるからである。
基本的には日本が外国人に対して寛容なところがあるので、大久保界隈では住民の30-40%が外国人(半数近くが朝鮮人だが残りは100カ国以上)というようなことが起こったのだろう。ユダヤ教は排他的な宗教と思われているが、旧約聖書の律法では旅人や居留民など外国人に親切にすることが書かれている。それはユダヤの歴史では自分たちがかつては旅人や居留民であったし奴隷・捕囚ということも経験してきたからであり、その何千年の伝統があって現代でも世界各地で居留民のようにしてビジネスをしている。
日本はユダヤほどの悲惨な歴史はないものの、日本の将来を考えると世界と調和の取れる人格を形成を目指す必要があるだろう。