投稿日: Jan 20, 2016 12:30:42 AM
調剤薬局の紙袋を見ていたら薬の用法に関して、2015年に手書きから処方箋と連動してプリントされるものに変わっている。写真の右が2014年のもの、写真左が2015年で、薬の明細と用法がプリントされている。処方箋から再入力しているのかネットでつながっているのかどうかは疑問である。これとは別に薬の説明がプリントされて渡されるが、それとは連動しているようである。これってちょっとIT化したからって喜んでいられるのだろうか? このパソコン操作は機器およびソフトおよび人件費がかかっているわけで、その分の費用はどこかでとられている。
しかしその仕組みはよくは分からない。薬価が5000円であるとすると、その3割負担の本人支払額は6000円強になっている。つまり調剤薬局まわりで薬価の倍以上の金が消えているのだが、その説明は無い。お薬手帳を使うとその分も費用がかかるといわれているので手帳は使っていない。この仕組みが巧妙に考えられたフシがあるのは、薬価に対して直接の支払額が20-30%増しくらいにみえるので、生活者としてはなんとなく納得しやすいようになっている点である。だからあまり突っ込まれることもないのだろう。
だいたい突発的な傷病ならともかく、高齢者がやめることはできないでずっと飲み続けている薬に、調剤が必要になるのだろうか? 今のルールは薬剤師が居るところでないと薬は供給できない仕組みなのだが、このようなケースでは薬剤師がそこで何か知的な作業をしているわけではない。しかもそこにかなりの金額が落ちる制度になっている点がキナ臭い。
現代なら携帯電話やスマホのような本人確認できるものがあるので、それと医師の処方をネットで突き合わせて、薬を直送するシステムがあってもよいはずだが、法律や制度的な縛りがあってそうはならない。
住宅地に医院の数と同じほどの調剤薬局が存在している光景は異常ではないのか? この種の薬局はだいたいは小さい店舗なので、そこですべての薬が手に入るわけでもなく、高齢者で薬をいっぱいもらっている人は薬局のハシゴをするか取り寄せを頼まなければならない。ネットで入手できた方が便利な場合もいろいろあると思う。
こういう制度的な改革はどのようにしたら進むのであろうか? 大学の薬学部が進学先として人気なのも、職場が安定していると見られているからだろう。生活者の側から薬剤師をバイパスする要望はでるのだろうか? 現実社会がネジ曲がった状態では、まっとうなITによる改善には着手できないだろうと思わされる。
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