投稿日: Jan 27, 2011 11:21:42 PM
電子出版は紙の轍を踏まないと思う方へ
大学時代には雑誌を出して、新入社員のころから出版企画、執筆、編集、翻訳、監訳、DTP、広告など紙メディアに関することはいつも何らか携わってきたものの、一方で出版を職業にしたくはないという気持ちがあった。本を作るのは面白いが、当たりはずれがある。まじめに一生懸命作った、内容に自信のあるものが売れるとは限らない。逆に手早く作ったものがベストセラーになることもある。新入社員当時にあっさり作ったものがその後20年間売られたこともあった。こういったことから紙媒体では作った側の意図が伝わらないのではないか、本を出し続ける先に何があるのか、という疑問があったから、安直に出版界に身を置く気にはならなかった。
このことは電子書籍でも同じだろうか。ネット社会になると何か改善があるのではないか。そう考えてきたが、要するに全うな企業経営ができるようになればいいのではないか、と思えてきた。本を出し続けるうちに版元としての信頼が高まればよいので、仕事の質を上げていけばよい。組織が固定的な仕事だけなら別だが、そこに人が加わったなら、その人の能力が上がるような、人と組織が相互に影響し合う生きた関係ができるかどうかである。具体的には、例えば雑誌なら記事の質を上げるような仕組みを組織に内蔵できるかどうかである。これはTechCrunch ではCrunchBaseというデータベースを持っていて、記者が参照するだけでなく読者にも情報提供しているものが一例である。
つまり元ネタも読者が読める状態だと、記者は単純なカット&ペーストの仕事をするわけにはいかない。ある意味では記者を矢面に立たせるとか、崖っぷちに置くようなことも必要だろう。過去記事アーカイブや、ニュースリリースの公開は、今の時代となってはシステムを作るのが難しいものではないし、ほっておいても世の中にそういう機能ができてくるので、そんな新しいスタートラインの上で次ステップの仕事ができるように自分を変えて、さまざまなネットメディアの存在は承知で打って出て行くように働く人を仕向けることを、号令ではなく仕事の環境として築いた例がCrunchBaseといえる。
それだけでは不足で、新たな能力を組織の中に持ち込むことが必要だろう。シカゴのPlayboy社に行った時に、編集長は弁護士あがりの人で、原稿の完成の後に、それを世の中に出して読まれた後の反応まで想定したチェックや再確認作業をしていた。アメリカは訴訟社会だからということもあるが、逆に訴訟されないぎりぎりまで原稿を尖らせることが編集長の役割で、まるで図書館のような非常に多くの資料に囲まれて仕事をしていた。こういう人材や体制をもつことは、組織の緊張感を作り出し、娯楽雑誌とはいえ職場の雰囲気は非常にクリーンでリテラシーの高いものになっていた。
従来はひとつの組織の中にすべての解を用意しなければ品質の高い仕事はできなかったが、ネットでのコラボレーションでは社外スタッフを使っても似たようなことができるかもしれない。記事『クリエータの民族大移動』ではフリーライターのコラボで出来ているHuffington Post のようなWeb新聞が強くなったことを書いたが、紙の出版の経営を上回ることを狙うならば、電子出版の背景の設計も変えていく必要があるだろう。