投稿日: Aug 27, 2015 1:34:11 AM
新聞というと読売とか朝日とか、かつて1000万部に届こうとした大メディアを思い浮かべる人も多いだろうが、本質的には各県紙のような10~20万部のローカルメディアであった。アメリカが「言論の自由」を標榜していたのはそういった規模のローカル新聞が沢山ある国だからだ。日本でも戦前は市単位くらいの新聞もあったのだが、戦時下の統制で各県1紙にされた名残が残っている。つまり比較的簡単に顔を合わせられるとか集うことができるコミュニティペーパーが新聞の基礎であったことがうかがえる。
その状態を想像すると、私の住んでいる関町には4万人強がいて、隣接する大泉や石神井を含めて練馬区の西半分でひとつの新聞ができるくらいである。これは今日的にはフリーペーパーに近いものだが、商業的なフリーペーパーもなかなか成り立たなくなっている状態で、地域の新聞を今更出すことは困難と思える(が、不可能ではないかもしれない)。
それでは紙ではなくWebとかモバイルで超ローカルなメディアが登場したかというと、そうでもない。ネットはむしろ広域につながる情報伝達や広域のECの方に進んできた。唯一の例外がネットスーパーのような配達可能な範囲でのスマホメディアである。
以前勉強会形式でネットでのローカルメディアあるいはフリーペーパーと連動したネットメディアの検討を一定期間行ったことがあったが、結局のところ一番の問題点は誰が胴元として主体的に担うのかということであった。広告モデルとか収支のとり方は可能性があるにしても、どういうところが中心になるとトレンドとして成長しそうなのかがわからなかった。
かつての地域ごとの新聞のように孤軍奮闘ではなく、地域メディアが横に連携していって、個別には担うのが大変なシステム部分とかナショナルクライアント対応は横断的な解決によって、個別の負担を減らして経営改善することが可能なので、地域メディアをやりたい人が手を挙げればきっとできると思う。
以前の勉強会では地域の新聞販売店で何らかのメディアを発行しているところもあるというので、新聞販売店の連携というモデルも考えたが、販売店にゼロから指導する人が居ないなあということで立ち消えになった。今のところネットを使っても孤軍奮闘するしか地域メディアはやっていく方法はないのか。
その昔、印刷会社がタウン誌を各地で出すことを行っていて、無料のものはフリーペーパーのはしりであった。これらも広告モデルなので、どこか地域社会との接点を強くしておかないと、景気に左右されて吹き飛ばされてしまう。つまり地域社会に深く根差したところがメディアの主体になるとか、メディアを支援するとかの関係も必要である。
おそらく昔のタウン誌のように習い事など文化・スポーツなどを中心にしたテーマでないと、地域的な集まりがやり難いだろうとは思うが、そういうことを応援するスポンサーがどこかに居ないものだろうか?