投稿日: Sep 09, 2013 1:11:56 AM
公教育が後回しになる
デジタル教科書がそろそろ本番になるかなという時期ではあるが、決定的に足りないのは教員のデジタルに関するリテラシーであろう。生徒に渡すデバイス、教室のWiFi環境、サーバー、教務・生徒管理のソフトなどは、既に世の中にあるもので間に合わせることは容易だろうけれども、教員がデジタル環境を創意工夫して活用するために、いったいどんな施策がされているのか、ちっとも伝わってこない。
医師の世界もすっかりデジタル化したわけだが、これはハイテク機材を使うことが商売上必要であった、あるいは非常に有効であったことからくると考えられる。医療の世界は多くの何々学会があり、それらがある意味では競合するところがある。レーザー内視鏡が出てくるとそれまでは外科の分野であった手術の一部が内科でも行えるようになる。そのためにハイテク導入ははずみがつく。
しかし小説家はどうだろうか? 原稿段階から電子書籍に対応して、出版社が取り上げてくれる機会が増えるのか?日本の場合、大手出版社は原稿の持ち込みに対応してくれない。そこで個人的にゲラを見せて回ることになるが、それは電子書籍形式の方が好まれるだろうし、本人も管理がしやすいはずだ。そこである程度の反応の感触が得られれば、KDPのような自主出版をまずやってみることができるようになった。
今後は出版社がこれらの自主出版から新人発掘とか販売権の取得ということを行うようになるのだろうから、今段階で出版社が積極的ではなくても、デジタル・ネットという環境は双方にメリットをもたらす。ところが書店はこういったビジネスから外されてしまう。
教育産業・受験産業ではコンテンツのデジタル化は進み、一部は生徒個別対応のオンデマンド教材も使われるようになった。ただし塾では教師個人と生徒のフェースtoフェースが重要で、デジタル第一ではない。しかし塾の先生は生徒のためになるのならデジタルに取り組むだろう。それは進学実績などが給与に反映するからだ。そうすると、デジタルをしてもしなくても給与も待遇も変わらない公教育の先生はどう考えても最もモチベーションが低いのではないかと思う。
もし国の政策としてデジタル教科書を進めるのなら、教員免許の取得の際にデジタルのリテラシーを問うとか、教員免許の更新制度を作るようなことが必要になるだろう。それでないとデジタル活用を考える教師は私学とか教育産業・受験産業に流れてしまう。
それと教室の先生にとって、デジタル教科書になると従来の準備作業や採点や生徒管理ができる仕組みが必要である。従来は教科書に沿った教材を自分でアレンジしていた先生が居るとすると、そういう2次加工が行いやすいとか、予め教科書に沿った演習問題が多数用意されているような環境は作りやすくなるはずだ。記事『デジタル教科書戦国時代』では現場の先生が自分の開発した教材をネットで公開しているものを活用すべきと書いたが、先生個人の貢献もポイント制のような形で反映できるとモチベーション向上につながるのではないか。