投稿日: Aug 16, 2012 12:49:36 AM
アイディアだけでは出発できないと思う方へ
家の中ではWindowsXP がまだ3台動いている。最近反応が鈍くなったので久しぶりに大掃除をした。いらないソフトのアンインストールとかレジストリの残骸などを消したが、思うほど改善しない。細かい設定も含めてCPUに負担をかけることを可能な限りしないようにしてみたら、まあまあのレスポンスになったように思える。しかしその過程でWindows表示における視覚効果というのはほとんどなくなり、Windows3.1と見栄えは変わらないようなものとなった。フォントはほぼ全部Terminalとかシステムフォントにした。グラデーションとかカーソルの動きに沿った小技はすべてやめた。Googleでもfacebookでも1990年頃のクラッシックな趣になっているが機能的に損なわれるところはない。
Windowsそのものは2000になった時が大きなエポックで、それ以降はマイナーな進化しかしていない。何をしてきたかというと、Macのような感覚的な使いやすさとかデザインにCPUの高速化やメモリ増加分の多くをとられるようになったといえる。人がパソコンを操作する裏側でUIの見た目向上のための処理が非常に多く動くようになったわけである。これはパソコンが何も処理をしていなくてCPUが暇な時にはよいが、CPUが優先的に処理しなければならないものがある時には困ったものである。新しいOSの宣伝で、如何に使いやすくなったかをデモして見せるときは、CPUは暇モードなので、きれいにかっこよく表示して見せるのはよいが、利用者がブラウザを使うときはスクリプトが動き、さらにプラグインが加わった大きな処理をしている最中でも、UIのための処理が多重に動き出すのは困ったものである。つまりパソコンOSは時と場合を考えて優先すべきものにめりはりをつけるところは、まだそれほど進化していない。
結局CPU・メモリ・HDDというハードウェアの急速な進歩で何が発達したのかというと、OSのオーバーヘッドが増えた(増やすことが許された)のが主で、アプリケーションが進化したところはそれほどはない。たとえばワードプロセッサを使っていたような分野がネットの利用が増えることで電子メール・掲示板・Blog・SNSとなって、ワードプロセッシングの能力が向上するどころか、内容的にはDOSのテキスト処理のレベルに退化してしまったといえるかもしれない。EPUB3のオーサリングをするアプリケーションにしても日本語ワードプロセッサの域にも達していない。アプリが進化しないのはアルゴリズム・プログラムで多様なソフトウェア商品をつくるという産業分野が成り立たないからで、出荷本数がまとまるのはOSだけだったということだ。
承知のとおりプログラミングは受託サービス化していき、独立した分野というよりはサービスの一部分となった。もっとも高度なプログラミングをしていると思えるのはGoogleやAmazonなどサービス会社であって、そういったところが一般向けにもSaaSのビジネスに乗り出してくるようになる。ただしこういったネット経由のサービスにどう課金・決済するかについては現状では良い方法はない。個別利用一件づつ処理していたのでは煩雑なのでsuica・pasmoのようにチャージをしておいてどこでも使える仕組みが求められるだろう。アメリカのベンチャーはpaypalのごとく時代の要請に応えるようなところが次々と出てくるのだが、日本ではまだ個人的なアイディア勝負で、どのように社会に定着するのかわからないものが多い。ビジネスとしてどう金がまわるかは時の運のようなものがあるが、なぜそのプログラムが必要なのかは説明するべきである。
自分のアイディアで起業をすることは大いに奨められることではあるが、前述のようにIT関係に限ってもビジネスになったこと/ならなかったことをよく分析して、自分の努力に対して時代が追い風に働くような戦略をたてることは重要である。良いプログラムを作ったから見てくれということが時々あるが、それをどういうビジネスの形で提供するのかについては考えていないケースが多い。従来のパッケージソフトかネット上のサービスかという選択は、持ち帰り弁当か外食産業かというのと似ているが、利用局面よりは厨房のことしか考えないのがプログラマの傾向かもしれない。それが悪いというのではなく、やはり誰かビジネスを組み立てる人とプログラムを作る人が最初から一緒に議論して青写真を作らないと、険しい道のりを旅することはできない。二人のSteveのようになるのが理想だろう。