投稿日: Mar 15, 2010 7:26:0 AM
デジタルTVとメディアビジネスの関係を考えている方へ
お茶の間TVがデジタルになって、大きくて綺麗。しかもいろんな機能が付け加わっていく。ゲームを繋いでも臨場感がでてくる。DVDも映画に近づいていく感じ。BlueRay3Dでまた買い換えなければならないのかもしれないが、TVのお茶の間での価値は高まっていくように見える。しかしこういった期待の殆どは従来のTV放送とは関係ない。人々は放送に何を望んでいるのだろうか? 放送に望むことはあまりないのではないか。
そもそもTVがほぼ全世帯に普及して以来、しばらくの間はカウチ・ポテト的な受動的文化がお茶の間に生まれ、そこに企業はCMをどんどん注入した。確かに振り返るとTVの世界は次々面白いコンテンツが登場してきたように思う。しかしそれはTV局なりの占有できるものではない。脚本家やクリエータはそもそもメディアからは自由なのである。その人たちが去ったらTVはどうなるのか? これが今の課題である。(TV放送の世界が人材輩出拠点になっているか?)
現在でもTVをオンにしている時間はどのメディアよりも長いが、TVをつけながらでも家族は、ゲーム、ケータイ、PC、読書、などの方に意識が向いている。「ホーホケキョ」「おや?!」庭に鶯がやってきたのかと思って窓の外を覗くが如く、時々集中していることの手を休めてTVを見る、という光景もある。TV放送は壁紙化していないか?
大衆は受動的なものであって、能動的なデジタルメディアが支配的になることはないという考えもあるが、今は大衆が選択すべきメディアが幾つも出てきたので、TVをずっと受動的に見続けることはないという時代になったといえる。マス広告のリーチや影響力が翳ったのは、直接的には多メディア、その背後に大衆を受動的にしてしまうような強力なコンテンツ創出を今の放送業界ができないことがあるのではないか。
PushとPullの間に「選択」というのがでてきて、この「選択」というスイッチで放送離れが始まったといえるだろう。