投稿日: Sep 26, 2010 11:16:8 PM
ネットメディアでマスメディアを越えたい方へ
戦争に善悪はない、勝ち負けがあるだけだ、ということばがあって、必ずしも戦勝国が正義であると言っているわけではないが、少なくとも勝つに至った戦勝国の方法論は優越性を持つように評価される。第二次大戦後にアメリカのマネジメント、生産管理、セールス、教育、民主主義、マスメディアなどが日本に輸入され、生産管理のように本国以上の発展をした分野もあるし、2大政党のようにアメリカのようにはならなかったものもある。おしなべてアメリカから来たものはそれぞれが関連していて、日本で受け入れられない点があることは、ボタンの掛け違いのように歪な姿で日本人は装っているのが現状だろう。
ことメディアに関しても、メディアのもつ性質・属性は社会的な善悪とは別である。これは科学技術が戦争にも平和にも使えるように善悪と関係なのと同じだ。だからマスメディアの性質と善悪は別問題であるが、アメリカ的な民主主義や教育やマスメディアやセールスひいては経営というのはなんとなく一体感がある。例えばマスメディアで広報する会社は開かれた社会性のある会社のような気がするという情緒に基づいた判断がされる。今行われている、それぞれのメディアへの期待も、あるいはバッシングも、その根拠は情緒(センチメント)である場合が多い。
つまり今日のメディアリテラシーとは、メディアをセンチメントで捉えるのではなく、また過去の固定概念で考えるのではなく、デジタルで変化するメディア利活用の可能性も含めて、ビジネスや生活を支えるメディアの再構築を考えることではないだろうか。そのような考えで以下の記事を書いた。
別の言い方をすると、既存のマスメディアとTV文化など、それと関連した広告~消費に至る流れ、同様に企業のブランディングや社会貢献など、主として広告代理店が手がけていたようなことが、メディアの再構築の際に見直しの対象となる。それはTVCFをネットのYouTubeに乗っければ対応できるという簡単な代替とかプラスアルファではなく、企業活動のどういった面を動画化して、誰にどうやって届けるか、そうするとどのようにコミュニケーションが改善されるか、など事業主体の側に視点を置いて発想すべきことになる。
今NHKのTVで柿をテーマの番組をしているのを横目で見ながら書いているが、おいしい柿を売るのであれば、大体1本の木にできる数は想定できるので、複数の客が木のオウナーになって、果実をシェアするということもできるかもしれない。すでに農産物でそのような頒布会などはあるが、メディアという視点で再構築すると、花から実りに至るプロセスをWebCamで追いかけると農業ビジネスのメディア化になる。生産者には全く異なる販売方法になるし、買う側も擬似的に生産者の意識が入って、四季の変化の中で自分が育てて食べるような気分を味わえる。ネットメディアがコミュニケーションを変え、ビジネスを変える方向に進むことになるだろう。