投稿日: Jun 17, 2013 12:23:16 AM
CCはなかなか普及しないと思う方へ
クリエーターというのは、漫画家であれ音楽家であれ美術家であれ一部の成功した商業作品のみが何らかの権利を施行できて、大多数の埋もれるとか忘れられるものは法律上の権利があるにしても、その権利から何らかの益をうけることは殆どない性質のものである。言いたいことは商品として現役の有名先生だけが法律の庇護に預かれるようになっているのが現行の著作権で、そうしたのは有名先生でビジネスをしている出版社などの力が大きいのだが、大多数のクリエータに機会を与えるためには不十分な点が多くある。
その典型が著作権の保護期間が死後50年であることで、有名作家なら50年たつと青空文庫に収録してもらえるかもしれないが、通常は50年前に亡くなった有名でない作家の作品を覚えている人はないから、この制度は出版社などがもっている販売上の独占権利を保障しているだけで、50年というのは商品としての賞味期間の意味なのだろう。
これはマスマーケティングをするコンテンツにはあてはまる仕組みではあるが、そもそも出版社に相手にしてもらえないコンテンツは陽の目を見る機会が少なくなってしまう仕組みである。つまりこれらはプロモーション費用がかけられないので勝手に引用されたり部分コピーがされないと、その作品を人に知ってもらうことができないからである。
今KDPのように自主出版をする機会が出来て、最低限の世に出す仕組みはあるのだが、作品のプロモーションができない場合は誰かに引用とか紹介してもらわなければやはり以前と同じように陽の目を見る機会は少ない。BlogやSNSで勝手に引用できる素材をあらかじめ用意して、CCで自由に利用してもらうということも行われているが、まだ企業利用が中心で個人クリエータには浸透していないと思える。こういった法務的な仕組みだけでは不十分で、根本的には著作権の保護に関しては緩い基準を設けて第3者が引用とか紹介をしやすくする必要があるだろう。
そうしないと商業的に成立しているクリエーターが、無名のクリエーターの作品をネタとしてビジネスしてしまうことが起こる。同人誌の内容を真似られたとか、音楽でもメロディーを盗られたという裁判の影には、無名のクリエーターの作品なら盗ってもバレにくいし裁判になったとしても言い逃れしやすいことがある。
また有名クリエーターが似た作品を許さないために権利行使する場合がある。ハワードザダックというアヒルを主人公にした漫画がドナルドダックに似ているといわれたことがあるが、アヒルを描けば似るのは当然である。ダルメシアンを主人公にすれば101匹ワンちゃんのどれかと似ていると指摘されるかもしれない。だから無名の人の創作活動を守るような緩い基準が必要になる。
著作権の保護の緩い基準を作る一方で、守る対象も広げる必要があるので、音楽では個人でも登録できる著作権管理機構があるように、あらゆる創作物も個人が登録できる簡便な仕組みが必要で、そこでは引用のためのCCなどが扱えるようになっているといいだろう。