投稿日: Aug 29, 2013 1:10:53 AM
中間業者はいらない
ネット経由で出来る仕事が増えると人材派遣業者がネットに進出するのは当然であるが、名称をクラウドソーシングにしただけではほとんど意味が無いと思う。働く側からすると、いつでもネット経由で働きたい時だけ働けるのがクラウドソーシングだと思っている人がいるようだが、中間に業者が入っている以上は、値段交渉をする余地はまったく無く、言い値で受けざるを得ないだろう。ということは、その仕事の相場が低い方に流れていくことを意味している。このことがわからないSOHO的ワーカーが多いように思う。なぜ理解できないのだろうか?
業者が入っているクラウドソーシングが企業に利用されるのは、正規雇用よりも安上がりになるからである。ただこういった労働のアウトソーシングは既に相当進んでいて、日常のルーチンワークについてはBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)といって、中国やインドで総務・経理業務をやっているようにネット時代になって大規模化してきている。これは同じ労働をしても中国やインドの方が人件費が安いからアタリマエだ。彼の国ではかつての日本の計算センターのような多くの机が整然と並んだ職場ができている。
DTPなどの制作の仕事も日常的に流れるものはBPO化してきた。残るは必ずしも毎日あるものではない業務のコストダウンであり、ネットで引き受け手を探すサイトやサービスがいろいろできてきた。Adobeの功罪のひとつなのだろうが、DTPのツールは世界中共通になったので、イラレやフォトショも海外に出せるようになっていて、ある人が「フォトレタッチ何点をこの値段で」という依頼をしたら、東欧の人のが引き受けてくれて、品質的にも問題なかったという話を聞いた。クラウドソーシングになると日本よりも生活費が半分以下のところの人々には仕事が増えるかもしれないが、特にスキルがない日本人の仕事は減るのではないか。
ではクラウドソーシングが日本人にとって無意味かというと、そうでもない。それは依頼する側に立つ場合である。しかも大企業でなくても依頼できる仕組みになることで、雇用という上下関係ではなく、仕事のパートナー探しが期待できるからだ。これは人材派遣業的なやりかたではなく、お互いが直接ネゴシエーションできることで可能になる。特に従来の制作作業が下請け孫請け的であったのに対して、専門スキルの高い人たちがコラボするやり方を経験できることが重要だろう。それは仕事に対する値段の付け方でも大いに勉強になるはずだ。
つまりコラボ的クラウドソーシングによって小さい会社やSOHOでもディレクタ的な仕事が可能になるので、養鶏場のような制作現場から抜け出して独り立ちしたい人たちのものであるといえるだろう。中間業者が仲介すれば、制作者は鶏舎から出ることはできないだろう。