投稿日: Nov 27, 2013 11:58:49 PM
マーケティングでは多様化に成らない
子供の頃はラジオで音楽を聴いていたので「今週の第1位…」のようなヒットチャートをよく耳にした。しかしそれは局が違えばまた違うもので、要するにリスナーからのリクエスト数に拠るという説明だった。そのうちアメリカのビルボードで赤丸急上昇とかキャッシュボックスで何位とかギョーカイの指標が持ち出されてきた。今でいうオリコン何位というようなのはそこからきているだろう。
ところがアメリカではそのようなランキングによるラジオの音楽番組というのはほぼ記憶が無い。ラジオは殆どが音楽番組ばかりではないかと思うほどだったのだが、それがみんなランキングベースで曲を選んでいたのでは、みんな同じような番組になってしまう。むしろアメリカのラジオ番組は「テイスト」で作られていて、オールディーズの番組は何年経っても同じような内容を繰り返している。当然R&B・ソウル、カントリー、ジャズなどいろいろな嗜好の番組がある。
ランキングが発達したのはイギリスだった。イギリスはそもそも局数が少ないから、そこでかける曲を選別することが行われたのではないかと思う。アメリカのビルボードやキャッシュボックスのランキングというのはレコード販売に関わる業界人のマーケティングのためのものであって、一般人がビルボードやキャッシュボックスを買って読むものではない。載っている記事の基本は企業のニュースリリースであって、いわゆる楽しい芸能情報などはそこにはないのである。
イギリスは音楽雑誌が発達するとかレコード店が専門化して情報源になるようなことで、音楽の多様性を支えていたように思う。
日本人がヒットチャートを好むのは、人が聴いているものなら自分も聴きたいという国民性からくるものであろう。そこから誤解してレコードを沢山売ることが音楽家の使命であるかのような観念ができてしまう。つまり売れたレコードの数によって評価されるということが常識のようになっている。
それと比較するとラジオ局のような音楽メディアが豊富にあったアメリカは、時代を超えて永きにわたって聴き継がれることで評価される。つまりある意味では保守的であって、1960年代半ばからのブリティッシュサウンドの爆発のような現象は起こりにくい音楽風土であると思う。
日本の音楽風土はどうなるのだろうか。ウチの子供などを見ていると、もう日本のチャートには全然興味を払っていなくって、音楽評価はサイトの情報に依存していて、何らかの音楽紹介の記事を見てレンタルで借りてはリッピングをしている。その音楽嗜好の範囲はかなり広く、過去20-30年くらいに及んでいる。
一般には若者はアニソンとかニコニコ、iTunesなどの利用でヒットチャートとは別の世界にも浸っている。つまり日本も次第にヒットチャート中心主義から脱皮して、「テイスト」指向に向かうのではないかと思わせられる。
新譜・新刊を出してマーケティング力で生活者をねじ伏せようとするようなワンパターンから脱皮するのなら結構なことだ。