投稿日: Sep 22, 2015 1:42:56 AM
将来なくなる仕事というのが時々話題になっている。多くは単純事務労働で、その先に国家資格が必要な単純知的職業がITに取って代られるとか、狭まってしまうようにいわれている。ただこういった変化は20年とかの期間で起こるので、今の生活には直接関係しないが、人生の将来設計としては重要な項目であるし、ましてや子供の人生を過去の固定観念で縛らないようにしなければならない。何しろ大学生の人気の就職先は親がそうありたかったという過去の願望が反映していたりするのが現実だから。
巷では現場的な仕事や「手に職」的な仕事に人気が高まっている面もあって、人々の直感もITとの衝突回避に向かっているようにも思える。今の若者に身に着けてもらいたいのは「一芸」と「貯金の習慣」である。日本でもう社会保障は期待できないからである。言い換えると個人の自立・自律、つまりそれぞれの人生設計が課題である。
「一芸」は一律に教育できないものであるから、ガリ勉の受験戦争に入るよりも前の時代に、その子供一人一人に備わった感覚の鋭い分野を見つけ出すことが重要である。よく「三つ子の魂」といわれるが、よほどの天才でない限り3歳でそれを見分けることはできないだろうが、小学生時代には何らかの兆候が現れるはずである。とはいってもそれら兆候はまだ職業と直結できるレベルではないから、外遊びとか情操教育に鍵があるように思える。今の子供は習い事が多いようだが、本当に子供がしたいことをしているとは限らないなら、本人の感覚を磨くことにはならないから残念である。
だいたい遊びに金がかかるというのはどうかと思う。私は教会の日曜学校の図工などをしている関係で、近所の子供がほぼタダでできる工作とか遊びをずっと探しているのだが、ネタが尽きることはないし、ネットの時代になってからはむしろ刺激が多すぎて、あれもやりたい、これもやりたいと、子供のキャパシティを越えるくらいに準備をしてしまいがちだ。
スポーツや音楽関係もやはり本来はタダで遊べる分野であり、お小遣いをカラオケに使わせるよりは、音楽の出来る場所を子供たちに開放することを考えるべきである。
子供たちを見ていると、クラスに一人くらいの割でそれぞれの分野に向いた感覚の優れた子供が居て、図工の例で言えば美大とかデザイン分野に進むようになる。ということは極端に言えば数十の専門分野があれば子供の居場所がどこかに見つかるかもしれない。
いずれにせよ第3次産業とともに肥大化してしまった単純知的職業に代わる百の進路を、これからの世代のために用意しなければならない。