投稿日: Feb 25, 2011 10:39:29 PM
コンテンツは雑多でカオス状態にあると思う方へ
ソーシャルはどこかに「ある」ものではなく、「作る」もの、正確にはオーガナイズすべきものであることを記事『個人と全世界の間を埋める』で書いたが、デジタルメディアというバウンダリのない宇宙で誰がそれをできるのか。出版活動におけるステークホルダのオーガナイズがそれに近いことを記事『出版の資産と役割の今後』で書いた。TVでも番組の企画制作はやっているが、放送コンテンツはどうしても一過性であるのに対して、雑誌の世界は毎号情報が入れ替わるにしても、メディアを中心にした世界は続いていく。しかし雑誌の廃刊の理由に部数が何万部に落ち込んだから、という場合があるが、ではその何万人という読者は雑誌の世界を奪われてどうなるのか?雑誌出版社は自分達がオーガナイズして作った世界を資産とは考えていないのだろうか。
今のソーシャルメディアのベンチャーは何百万、何千万、何億といいうアカウントを得る競争をしているが、それらの人が同じサービスを期待しているわけではなく、ソーシャルメディアというプラットホーム上での分化が起こらざるを得ないことを記事『古くて新しいソーシャルメディア』で書いた。これからは利用者の満足向上のためにコンテンツの充実に向かうだろう。ニコニコ動画でも2大メディアと連携し始めているが、事業規模は小さくとも既存メディアにはないプラットホーム力で十分互角にわたりあえるということだろう。ソーシャルメディアは今までのCGM、UGC、投稿という受身のコンテンツ対応ではなく、従来メディアとは切り口の異なったコンテンツ企画に向かいつつある。
今はTV局でなくとも番組は作れる。昔のキー局しか番組提供がなかった時代は品質の大きく異なる番組は違和感があったかもしれないが、衛星やオンデマンドで何百もチャンネルが選択できる時代なので、ニコニコ生放送でもUstreamでも違和感なく見てもらえるようになったからだ。しかし今の何百チャンネルは脈絡なく雑然とコンテンツが散らばっている感じで、雑誌のような固有の世界観を出すには至っていない。こういうコンテンツに文脈を与えるのがソーシャルメディアの役割になる。この文脈とはソーシャルに近いもので、例えば「子育て」「高齢者」「食」などの雑誌のようなカテゴリで番組を串刺し検索できるとかプリセットできる(してもらえる)ような方向に進むだろうし、それをもっと簡単に面白おかしくすることもGoogleやAppleも考えているだろう。それ以上にこういった環境の上で新たにサービスを考えるところが多く出てくるはずだ。
しかし今までのプロダクションというのは儲からないと言われていて、本当にコンテンツの提供者は現れるのだろうか?ソーシャル的コンテンツというのはかつてのプロの視点とは違ってUGC的というか、雑誌編集と読者の関係のようにソサエティとメンバが相互に作用しあうように作られていくだろう。今はこういったものは娯楽しかないが、大半の人がソーシャルメディアにつながる時代になると、専門分野やBtoBのソーシャルコンテンツも編成されていくだろう。ソーシャルメディアの役割は索引でありコミュニケーションであるが、ソーシャルと対になった形でその分野のコンテンツのリポジトリができて集積され、ソーシャルが雑誌のような世界を創り出すのだろう。
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