投稿日: Sep 28, 2010 11:23:41 PM
印刷が新メディアの参考になるかも、と思う方へ
今日ではインクジェットプリンタも印刷と呼ばれるが、印刷の定義を巡っては悩ましい問題がある。そもそもは「版」を元に多数複製するのを印刷と呼んでいたので、印刷のようでも印刷に分類されなかった方法もあった。例えばカーボン紙を挟んだコピーは、そのカーボン紙から後に複製ができるようなもの(アルコール印刷)でも印刷には分類しなかった。ガリ版はれっきとした版があったので印刷だった。こんな印刷の定義の話がどうでもよかったのは、印刷が圧倒的大部数を短時間の作り出す方向に邁進していたからであったが、デジタルの時代になってOneToOneのような超小部数印刷に再び関心が向かいだしたから、もう一度印刷とは何ぞやということを考える意味がある。
大量印刷の歴史と言うのは、産業革命で木材から化学パルプを作る製紙法が確立し、紙が大量に廉価にできるよういになった以降で、それ以前は紙そのものの価値が高く、印刷は大量には必ずしも向いてはいなかった。東洋の木版もグーテンベルグも一日あたりの印刷枚数は数百であったろうと思われるが、それで成り立っていた手工的印刷の世界があった。以前かかわっていたものに『印刷・メディア研究』というのがあって、文字の発明の意味から古代文明に至る話とか、本が人類史に果たした役割とか、印刷は何のために使われたかとか、特に近代・現代の形成にどう影響したかとか、またその延長上に印刷やマスメディア対して出来上がっていった幻想、ライフスタイルと印刷の関係(印刷文化)、ビジュアルメディアとしての完成度、などを検討してきた。
これらはほぼ20世紀末には一定のところに達して、その後の変化はない状況にある。記事『いい加減 戦後を脱却してほしい』では、印刷の製造業としての伸びを中央官庁が見限ったようなことを書いたが、新技術開発はいわゆる電子部品の世界を中心としたプリンテッドエレクトロニクスに向かい、さらに立体視のような表現はすでに印刷よりも電子ディスプレイが中心になってしまったように、これからまだビジュアライゼーションの進展があるにしても、印刷のテーマではなくなりつつある。今までの印刷応用開発の遺伝子を、紙を離れて電子メディアに受け継がせようという印刷会社は100分の1もなく、むしろインクジェットのようなグレイゾーンの世界が印刷応用開発の面でも先頭に立つように時代は変わってきた。
新しいプリント技術やデジタルメディア、ネットメディアでどんな応用開発をしたらいいかを考えるには、メディアの先輩である印刷が何のために使われてきたのかを知ることが手がかりになるというのが、『印刷・メディア研究』の主旨だった。新しいメディアは既存メディアの代替や模倣から始まるが、その先に独自の機能を身につけることがメディアの進化である。今のデジタルメディアは「Webファースト」とか「ボーンデジタル」というように、ちょうど模倣から脱しつつある状況なので、一歩先の機能を考える上でも、メディア史やメディア論、メディアリテラシーというようなメタな話にメディア開発の人々がもっと関心を持つべきだろうと思う。