投稿日: Oct 17, 2014 1:37:32 AM
今でも人に会うと「そういえば写研ってまだあるの?」とか聞かれることがあるが、使っているところがあるようだとは聞いたことがあるが、私もはっきりとは知らない。日本のDTPも20年前にはほぼ実用レベルであったのだが、業界では「写研のフォントが使えなければダメ」といわれて、現実的にはモリサワのフォントの充実とともにDTPは支配的になっていった。それとともにフォント事情というのは日本でも大きく変わった。それは写研の席にモリサワが代わりに座ったのではなく、いろいろなフォント提供者が台頭してきて、オープンなフォントの世界が出来てきたことである。
アメリカではDTPが始まってすぐにemigreフォントなどが話題になって、オープンなフォントを使えることがDTPの特徴となり、デザイナが写植離れをしたのに対して、日本はフォント開発が桁違いに大変な作業となるため、アメリカから10~20年遅れてフォント巡るデザインの世界が変わりだしたといえる。
かつて「写研が…」と騒いでいたのは、本当に写研のフォントが無いと印刷物が作れないのではなく、写研のマーケティングの巧みさもあったように思う。実際の開発に関るフォントデザイナーは次々新人が登場するのであるから、フォントも時代とともに変わっていくほうが本来の姿だ。過去のフォントも新たに手を加えて再リリースされる。
かつて官制プロジェクトで平成フォントというのが作られたが、当時はオフィスにレーザープリンタが普及し始める頃だったので、240dpiでもきれいで読みやすい誰でも使えるフォントを広めようとした。それは一定程度は普及したが、240dpiのプリンタなどはどこにも残っていない時代になると廃れてしまった。こういう技術寄りの発想は技術変化に耐えられないということだろう。しかしフォントデザインという点では、何らかのオリジナリティがあるならば、ある時に手を加えて再リリースされる可能性がないわけではない。
今またWebFontの時代にさしかかっている。フォント開発の舞台は紙から画面まで対象を広げるようになってきた。組版アルゴリズム、ビューア/表示装置、コンテンツ、流通などの環境がデジタルの上でも充実してきたからだ。欧米ではWebデザインが紙と遜色のないようになってきたのだが、日本では日本語WebFontの対応がそんなに簡単にできるわけではないので、DTPの時ほどの時間差はないのだろうが、幾らか遅れてWebFont化が進んでいくだろう。
そこで、Webの解像度に合わせて見やすくしましたというコンセプトのフォントは平成フォントと同じ様な発想になるので、注意が必要である。やはりデザインの良さをベースにして画面用のチューニングをすることになるだろう。欲を言えばインクジェットプリンタで出力する場合の補正ができるフォントがあるとよい。墨のコントラストが弱いIJPでは小さい文字の明朝の横線がか細くなってしまうからだ。
さて日本でもフォントデザイナーが自分の看板で活動しやすくなったのだが、実際のフォント開発は上記のチューニングも含めて制作ラインのしっかしした組織でないと困難であろう。既存のフォントベンダーにとってはWebFontのビジネスモデルをどうするかという問題があるのだろうが、フォントデザイナーの新たな出番にもなるWebFontも支えてくれることを期待したい。
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