投稿日: May 23, 2012 1:5:40 AM
紙の本を乗り越えられるかと思う方へ
TED2012のセッション「デザインスタジオ」から本を体現する表紙を作るチップ・キッドの「笑い事ではないけど笑える本のデザインの話」 http://bit.ly/IrzOZE が話題になっていて、それ自体はデザイン論のような面白さがあるが、後半にジャケットや造本設計の面白さがKindleではできないだろうという下りがある。電子書籍とか電子出版の類を考える場合に、画面にリキッドに流れるコンテンツと、ソリッドな紙のページをめくることの対照は永らく語られてきたが、おそらく結論というものはないだろう。
本の装丁や造本設計が立派にできているのに対して、デジタルメディアはいろいろな点で見劣りがするのは、両者の歴史の長さを比べればしごく当然のことである。ではデジタルが紙を追いかければよいのかというと、そんなことはなく、デジタル独自のエクセレンスが到達目標になるだろう。そしてそれがどのようなものであるのか、まだ誰もわかっていない。手っ取り早くエクセレンスを実現する方法として紙のページめくりを忠実にシミュレーションしているものを見かけるが、それが最終的な解であるとは思えない。
つまりeBookを作る上で、紙の本の編集と大きく異なる点は、紙の本の場合にはすでに製本様式のパターンが多くあって、いちいち紙のページ設計やページめくりを白紙から設計する必要がないのに、eBookではそこも編集側が頭を使わなければならないという大きな負荷があるし、成果物としてはその良し悪しがコンテンツ以外に評価の対象になってしまう悩ましさである。ここは割りきりが必要であろう。編集サイドでこんなeBookを作りたいと理想を描いても、その実現手段がそこらへんに転がっていないならば、当面はアリモノに妥協するしかない。しかしそれだけではeBookは進化しないのだから、理想のeBookを追い求めていくことは続けなければならない。実はそれは大変重要なことで、そこで考えたことは、近い将来に次第に技術が追いついてきたときには大きな資産となるだろう。
要するにeBookを作るということは、紙の出版では今日まで不問にしてきたユーザインタフェースを含む本のアーキテクチャを問い直すことでもあり、デジタルのアーキテクチャを考えられる編集者が求められていて、そういった人と開発の人が2人3脚でこれからチャレンジしていくということだろう。
かつてWebのようなスクロールする巻物のような見せ方は、もともと紙の本ができるまでは巻物だったことを考えると、そのままでもいいんじゃないか、ということが言われた。しかし巻物というのも一通りではなく、いろんなアーキテクチャがあった。ユダヤ教のトーラは巻物でも中はちゃんとページのようになっていて、それが右から左に順番に並んでいて、これはタッチ操作でフリックしてページを進んでいくのと何ら変わらず、ページ単位ということとスクロールとは同居することでもある。つまりアリモノに妥協する中でもまだ工夫の余地はあるので、アーキテクチャを含めてeBookを考えることは必須であり、それがノウハウの蓄積になっていくだろう。