投稿日: May 06, 2013 2:9:58 AM
ネットの社会貢献はありえるのか
ボストンマラソンの爆弾事件(参考『もうひとつのクラウドソーシング』)は今までのアメリカには巻き起こらなかった議論を生んでいる。イスラム過激派に関しては神経を尖らせているアメリカであり、9.11の時のWebメディアの変容については記事『すでに始まっている未来メディア』で触れているが、この事件は単純に海外からアメリカへの攻撃ではない。だからアルカイダ云々の情報をいくら集めて、アメリカ市民の意識をまとめれば対策ができるとか、これからの矛先をイスラム教に向けるというわけにはいかない。むしろ9.11の時よりもアメリカの社会のあり様に関する深い議論が始まりつつある。これはマスメディアの論調にはなかなか現われ難いので、ネットでどのような展開になるのか注目している。
従来のマスメディアなら、きっとアルカイダ関連が仕組んだり後ろで糸を引いているに違いない、というような憶測で事件の記事を書いておしまいにするのだろうが、今のアメリカの世情ではたびたび起こる銃乱射事件があるので、なぜ個人が反社会的な行動に出るのか、というところに人々の意識がいっている。アメリカは「民主主義」的自治が社会の隅々まで出来上がっている反面、人種差別や反社会的な秘密結社や犯罪集団も絶えないので、それらを警戒することは以前から行われてきた。アルカイダどころではないテロ集団を国内に多く抱えていたのである。
しかし今回の事件は今のところ海外の過激派からの支援があった様子はなく、爆弾作りがアマチュア的であって、兄弟の単独犯的なものとみられている。この兄弟に反アメリカ的な考えを誰が植えつけたのかについては、秘密結社や犯罪集団によるものではなく、殆どがネット上の情報で兄弟がイスラム教についてもアルカイダや爆弾についても自習していたのだろうということになっている。
アメリカ人にとってショックだったのは、元々チェチェンではイスラム教徒ではなく、むしろ距離をおいていてアメリカに何がしかの期待をもった人が、アメリカに移り住んで挫折を経験するに従って、アメリカ国内のイスラム教に入ったという点である。今はこのことをどう捉えたらいいのかということでの議論がネットでは多いと思う。その先にネットは再びアメリカのアイデンティティ確立に役立つのか、アメリカをカオスにしてしまうのか、というのはよくわからない。
つまりアメリカにとっては移民もれっきとしたアメリカ人であり、出自の異なる人々でもアメリカの「民主」的な社会運営がアメリカ国民としてのアイデンティティをもたらすと信じていたはずである。それが機能せずに、逆に今のアメリカの社会運営が個人の疎外を拡張しているのではないかという疑念が抱かれるようになっている。
日本などアメリカ国外から見ると、3億人の人口で、軍を除いても3億丁の銃が社会に拡散している国というのは異常に思えるし、このことの裏には自分で自分の身を守るといえば自立しているようにも思えるが、実は個人の孤立というのが社会的に解決されていない国であるともいえる。
アメリカはまだ若い国で社会的には未整備な点を残しているのだが、そこはキリスト教のボランティアなどが埋め合わせをしていて、国がキリスト教に負う点が多々あった。移民で成立していて移民を受け入れざるを得ないアメリカで、個人の苦悩のケアは宗教任せできていた。その宗教がキリスト教に集約することなく、アメリカ国内でもイスラム改宗が増えるとなると、アメリカのアイデンティティはますます揺らいでいくことになりはしないか。