投稿日: Mar 19, 2016 12:45:9 AM
お宝鑑定団に出てくるようなマニアックなモノは、元の販売値の何万何百万倍の値段がつくことがあるが、そこに至るまでは最低でも何十年かかかっていて、いくら高額で取引されようとも最初に作ったり売った人には一文も入らない。だからこれはビジネスではないという人は居るが、古物商・美術商など目利きとか造詣の深さを武器にビジネス化した人もいるのだから、あなどれないと思う。
その対極にBookOffのように売れ筋を右から左に流すところがあるが、これはむしろ大して値の付かないものなので、新品の販売と競合しているだけで、忘れられていた価値の再発見をもたらすような役回りではない。
それでも仕入れてから売れるまでにどれだけの期間を要するかとか考えると、あまり珍しいものを扱うと市場が狭いので売り損なうと長期間保管しなければならなくなる。いったいそういう高級古物商はどのような財務管理をしているのだろうか?それとも金持ちの趣味の域を出ないのだろうか?
要するにBookOffなどがマーケティングから仕入・販売なでモデル化したのと比べて、価値再発見の方はビジネスモデルが無いような領域だと思われる。
コンテンツビジネスをする人から見ると、すぐに売れなかったモノの価値再発見は自分のビジネスには関係しないからどうでもいいように思うかもしれない。逆にコンテンツホルダーにとっては、すぐに売れたかどうかだけでコンテンツの価値は定まるものではなく、何十年かかけて評価が定まることの方が重要なはずだ。知財権を死後50年から70年に伸ばそうというのは、売り出した当座の価値だけでビジネスするのではなく、価値が安定化したものでビジネスをしようという考えから来るのだろう。
そういう長期的なコンテンツビジネスに持っていくには、権利者の死後何十年にわたって価値の再発見の機会がなければならず、それは流行を追うだけのマスマーケティングではできないことで、冒頭のようなマニア的市場が重要になる。そこで再評価されたものが、マス市場でもリバイバルするかもしれないからだ。
戦後日本は連合国の思惑もあって西欧文化が多く入ってきて、文化的にも随分変わったはずだが、それでも戦後生まれたコンテンツはやっと何十年というレベルなので、どうしても新たなコンテンツを市場に投入することが先行していて、過去のコンテンツの再評価はあまりやってこなかったように思える。
ある時代のブームはやがて廃れるけれども、2世代くらい経つとミニブームになる場合もあり、またそれも廃れていくが、その過程で一部のコンテンツは時代の波を越えて定番になる。古物の相場で考えると、ある分野がミニブームでちょっとお宝的に値上がりするが、また下がって…ということを繰り返しながら、一部はコンスタントに値上がりが続いていくコンテンツも出てくる。
私が集めているアメリカの黒人大衆音楽の場合も同じようなことが繰り返されてきて、何十年前に発売されたレコードの半分くらいは価値づけされているように思うが、日本のコンテンツは(小説でも漫画でも映画でも)まだ過去に何があったのかも十分わからない段階ではないだろうか。
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