投稿日: Mar 25, 2011 2:42:32 AM
新メディアも成長すると思う方へ
今回の震災を通してメディアに関していろいろ考える直す日々が続いている。 東北太平洋岸が大被害を受けた震災でソーシャルメディアが役立ったという人と、あまり役には立っていないで、むしろラジオが普及することや、ケータイの普及の方が望まれるという意見もある。facebookに関しては、在留外国人が活用をしていた。彼らは日本では情報孤立であるし、日本のTVや新聞は同じことばかり繰り返していて、自分たちの生活に必要な情報を得る手段として、facebookの友達つながりが非常に役に立った。また海外の報道にはムチャクチャなものもあるので、日本のニュースを英訳して流している外国人も多い。確かにハイチ地震以降は災害時のWeb上のサービスやクラウド利用とかも経験を積んできて、GoogleもMicrosoftもいろんな情報提供をしている。
日本国内においてはそのようなライフラインに関わったソーシャルメディアの利用というのはそれほどではなく、風評などに関するマッチとポンプのようなものがネット上では目だった。チェーンメールに代表されるデマメールはおそらくどこの家庭にも送られてきただろう。個人のBlogではチェーンメールを貼り付けたようなものも多くあったように思う。それらを諌めるのにはtwitterやfacebookは役立った。一方災害地への物資援助については、真っ先に動いたのが稲川会や住吉連合であったように、市民がお互いに呼びかけて何とかしようという行動よりも、緊急時に対応できる結束の高い組織のほうが役に立つことができる。おそらくソーシャルメディアで見知らぬ人がコラボレーションをするようになるはずだが、それは緊急時の対応ではなく今後のボランティア活動と結びついたものになるであろう。復興に向けたソーシャルメディアの活躍の場は今後のはずだ。
上記のことで、ソーシャルメディアが単なる拡散するだけのクチコミとは異なって、若干ふさわしくない情報が混ざるとしても、見た人のフィードバックが利いてよい情報が篩にかけられて残るメカニズムも持っていると判断できる。つまり、クチコミ=ソーシャルメディア、という単純図式を超えて、人の活動を社会的によい方向にナビゲートするものをソーシャルメディアと定義してもいいのではないかと思う。
また今回の震災ではニコ動とかUstreamがTV放送よりも克明な情報を流して評価を得た。しかしまだネットは怪しいという懸念はいくらか残っている。思い起こせばほんのちょっと前まで、通販は怪しい、と思われていたし、それ以前に広告は眉唾と思われていた時代もあった。広告については百貨店を代表に大正時代から西洋式の生活文化を伝えるものとなって、ある地位を確立していった。通販に関しても千趣会のようなクチコミや生活応援の姿勢を出すなど、消費者視点のカタログメディアを作り、また関連するコンプライアンスをクリアして信頼を得るようになった。そこにAmazonなどが日本にも乗り出して成功した。つまりネットの仕組みだけでネット通販が大きくなったのではなく、通販業者の成長や顧客視点のビジネスが浸透した結果がネット通販を押し上げている。これはメディアそのものにもいえることで、ソーシャルメディアは、ネットは怪しいという時代を終息させると思う。
そこで市民権を得ている通販の利用実態と、これから市民権を得ようとしているソーシャルメディアの利用実態を俯瞰するセミナーを、4月14日に「ネット通販の利用実態・ソーシャルメディア層をつかめ」と題して行う。ここで話していただくAsciiのMCSに関しては遠藤さんが本を出していて、このBlogで『新しい日本人とどう付き合う』http://bit.ly/eIhDLj 紹介したことがある。直近の課題としてはソーシャルメディアの利用層はどこで何をしているのかを知ることができるものであるし、それと商流の関係を通販の実態を通じて考えることがこのセミナーでできるはずだ。
ソーシャルメディアは、それ単独で成長するものではなく、ボランティア活動なり商業活動なりの活発化と合わせて市民権を取るようになるのだろう。