川井城 (かわいじょう)
最寄地 群馬県佐波郡玉村町川井1184 2025.12.27
川井城 (かわいじょう)
最寄地 群馬県佐波郡玉村町川井1184 2025.12.27
八千矛神社(摩利支天)
説明板
櫓台の宮
櫓台西側
川井城跡(地図)
【遺構★★☆☆☆】
【感想】 烏川の支流滝川左岸にあった平城である。一帯は民家が建っており遺構は少ないが、八千矛神社の境内が櫓台跡と伝えられている。
【案内】 玉村町川井の表記番地西側の櫓台に建てられた八千矛神社がある[マップコード20 407 785*52]。
南方約2kmには金窪城がある。
【歴史】 烏川対岸の金窪城主・斉藤定盛の支城で、弟石見守基盛が在城し、北条氏麾下であったが、天正十年(1582年)神流川合戦で滝川一益に攻め落とされた。堀の内の小字名が残る。
箕輪城麾下の時重の四代目清水内記邦正が定盛の長女を妻としてこの地を譲り受けた。
八千矛神社は弘化年間(1845~48年)、子孫により城郭の楼台後に摩利支天を祀って創建されたが、慶応四年(1868年)神仏判然令で祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)となった。
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